My Turn

□天使の梯子(BL)
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 借りた板とブーツを返し、私はくたくたになった体をベンチに預けた。立ち上がるのが億劫だった。これから二時間もかけて自宅へ帰らねばならない。
 数十メートル先の駐車場に停めてある車まで移動するのさえ難しく感じた。
 だらしなく口を開けて呆けたようにベンチから動かない私に、背中を丸めた背の大きな男が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。

「大丈夫ですか?」
 この男も懲りない。
 あれほど邪険にしているというのに、根性があるというのか、それとも嫌味なのか。
 私は濡れていない顔を両手で拭うと小さく頷き、立ち上がろうと腰を上げた。だが、上げようとした腰は私の言うことを聞こうとしなかった。力を入れているつもりの足もその力を発揮しなかった。
 仕方なくもう一度背もたれに体重をのせる。まぶたを閉じ、大きく息を吐く。
 動け。
 動け。
 ぐっと足先に力を入れアプローチの時のように上半身をリラックスさせ、反動を使う。キッカーでトリックを決めるようにひざに集中し、スピンをかける勢いで立ち上がる。

「よし」
 小さくガッツポーズをする。視界が急に高くなり、肩幅に広げた足が必死に私の体重を支えた。
 次は歩くのだ。足を動かし、一歩ずつ前へ。なんてことはない。いつも歩いているのだから。以前の私も今の私も変わらない。
だが、足は少しも動こうとしない。持ち主の意思を完全に無視している。
 すぐ横にあった柱に手を伸ばす。何度となく深呼吸をして動かない体を意味もなくなじる。そして嘆く。


「車まで送ります」
 近くから発せられた声に私は驚いて振り返った。
 ずっと私の哀れな姿を眺めていたのか。
 私の吊り上がる眉を河内は視界に入れることなく勝手に私の腕を持ち上げ、肩に背負うと引きずるように歩き出した。
 憐れみか。同情か。
 あの織田が、ボードで転び一人で歩けなくなったと嘲笑っているのか。

「いい、触るな」
 私の強気な言葉に見向きもせず、「一人で歩ける」という私の弱々しい強がりも、「離せ」という拒否もみな意に介さず、河内はひたすら前を見て歩く。

「離せ、河内」
 男の名を初めて呼んだにも関わらず、私の腕を強く握り、背中を支える河内はその顔色をほんの少しも変えなかった。

 諦めてされるがまま駐車場に移動する。車を指差し、ドアの前でやっとのことで私は解放された。
 片手を上げて礼をする。
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