My Turn
□天使の梯子(BL)
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ウェアの奥、インナーのポケットで携帯電話が震えた。こんな山奥でも電波があるとは、もうどんなものからも逃げられないなどと考え、携帯を開く。
『織田さん! どこにいるんです?』
耳元から聞こえる声はあの河内だった。
「雪の中」
『転んだんですか?』
先ほど感じた怒りがふつふつと湧いてくるようだった。私はこの男のことが心底嫌いなようだ。
「うるさい。ほっといてくれ」
『どこにいるかわかりますか?』
「来なくていい。自分で戻れる」
『スラロームコース横かな。第二東コースの間ら辺かも』
勝手に独り言を言い、勝手に話を進める。
『すべてのコースは見回ったんです。転んで林の方へ―』
「来なくていい!」
だから勝手に話を進めるな。私のことはほっといてくれ。
乱暴に電話を切り、腰を上げる。体中が小さな悲鳴を上げている。ギシギシとオイル切れのような音を鳴らして私は歩き出した。
下った方がレストハウスにある受付に近いだろう。板を杖代わりにしてゆっくりと歩を進めた。
耳鳴りのように脳裏に繰り返し広がっていた歓声は、もう聞こえなかった。現実に振り戻されたせいだろう。聞こえるのは風が舞う音、雪の衣を羽織った木の揺れる音だけだった。
来なくていいと言ったのに、河内は林の中の私の姿を見つけてほっとしたようにひざに手を付いた。
「心配しました」
体の痛みと河内の言葉に耳を貸さず、雪道を歩く。ただ黙々と。
「怪我はないですか?」
ないとばかりに足を速める。
「板、持ちましょうか?」
大袈裟に板を使って雪の覆う大地に道を作る。
「肩、貸しますよ?」
「うるさい! 私に話しかけるな」
背後で息を飲むような音が聞こえた。私はそれさえも無視し、歩き続ける。
一歩一歩が困難だ。雪は重く、手足のしびれは酷くなるばかりだ。
「俺、前歩きます」
傷心した様子でつぶやくと河内は雪を掻き分け私の前に出て歩く道を作り始めた。
背中に感じる視線を失って、私は力んでいた体から力を抜いた。強がって元気な振りをしたせいで極度の疲労が一気に放出される。今にも座り込んでしまいたかった。
前方には力強く雪をかく河内の背中が見える。道ができているおかげで歩くのは大分楽だった。