My Turn
□小さきものよ「一章:一ノ瀬」
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何がなんだかわからなかった。電話の主を雪絵は父親じゃないと言っていた。
一ノ瀬は一人電車に揺られ頭を抱えていた。携帯の番号は教えてしまった。自分の彼女の父親に教えない理由はない。
自分の父親を思い浮かべた。雪絵は「お父さん」と呼んで懐いていた。雪絵をこいつなどとは呼ばない。髪を乱暴に引っ張って痛みを与えることもしない。
あれが父親?
一ノ瀬には信じられなかった。
雪絵はあの男に掛かってきた電話の後、仕事だと言って連れて行かれてしまった。
母親のプレゼントは買えていなかった。あんなに楽しみにしていたのにと雪絵を想って一ノ瀬はうなだれた。
仕事って何の? 雪絵からは何も聞いていなかった。
「お前知ってんの?」と聞いたあの男の声が耳にへばりついていた。不安だった。知らないこと、聞いていないことだらけに一ノ瀬は感じた。
出会ってもうすぐ一年、少しずつでも雪絵を知っていったはずだった。その心を開いてきたはずだった。
兄夏生に比べればまだほんの少しかもしれない。それでも彼氏は俺なんだ。
あの男は兄夏生の父親でもあると言っていた。
それなら兄夏生に聞けばいい。部活で帰りが遅くてもいい。駅で待っていればいい。
一ノ瀬は落ち着かない気持ちを無理矢理抑え、動揺して貧乏ゆすりをする自分の足を叩いた。
携帯電話が鳴ったのは、駅で兄夏生を待っていた時だった。
知らない番号が画面に表示されていた。雪絵が一緒なら出ちゃダメだと言うだろうなと一ノ瀬は震える携帯を両手で包みこんだ。
知りたいんだ、雪絵。雪絵のこと全部。
「もしもし」
『おお、イチノセくん?』
「そうですけど」
『俺、俺。お父さん』
男の愉快そうな声色が耳触りだった。出なければよかったと一ノ瀬は少し後悔した。
『今どこいんの?』
「H駅です」
『いぃねぇ。奇遇だよ、俺も今家着いた』
『うちの前に公園があるからさ、そこに来てよ!』