SketDance
□偽れない始まり
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レンタルビデオ店で僕は一つの作品を手に取った。世界的に有名なアクションムービー。
前々からそれに出てくる俳優が繰り出すキックやらパンチが気になっていたのだ。
早く見たい。そう思いながらレジに持っていこうとした時、
「よお椿」
後ろから聞き覚えのある声がした。
振り返ると、やはり思ったとおりの人物がいた。
「会長、どうしたここに」
「それはこっちの台詞なんだけどな…って椿は何借りたんだ?」
僕はおずおずと持っていたDVDの表側を見せる。
「お、奇遇だな、これ俺も借りようと思ってたんだ」
「そうだったんですか!」
なぜか無性に嬉しくなった。
「折角のことだし俺んちで見るか?」
「…?!」
「まあ遠慮するなって」
かくして僕は会長の家に行くことになった。
***
『秘技!○×▼*!』
さっきからテレビ画面ではアクションシーンが続いている。
「これってこんなにアクション重視だったのか」
「はい!」
僕はかなりこういったものが好きだが。
「ふあ、ねみい…」
会長の趣味は僕とは異なっているらしい。それがなぜだか寂しく思えた。
『ねえ…待ってアレン……』
映画内では、先程とは一転して、穏やかな音楽が流れ始める。
『ルーシー……』
男が悲しそうな顔をする。
『俺、俺は…』
『待って、私にもっと触れて……』
アレンとか呼ばれている男に這い寄る裸の女。
「……?!」
僕は見てはならないものを見てしまったような気分になった。
恋愛経験なんてしたことない僕にはなお刺激的すぎる。
画面から目を離すと、会長と目が合った。
そして。
会長は涼しい顔でリモコンの停止ボタンを押した。
「……ありがとうございます…」
会長はアクションが多すぎだ、とか言っていたものの、最後まで見たかったのだろう。
それなのに僕のことを考えて止めてくれたのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いや、これくらいなんてことない」
会長はいつものようにかっかっか、と笑った。
会長は続きが見たいだろう。そう思った僕はその笑顔を見て、『じゃあ僕、帰りますね』と言おうとした。言おうとしたのに……
気づいたら温かい何かに包まれていた。
「ああいうことは俺が最初に教えてやる」
会長の大きい手が優しく僕の髪を撫でる。
「ああいうこと……?」
映画で女が男にしたこと?それとも、映画を中断させたこと?
会長の言葉の意味が分からない。
「…まあ気にすんな」
そう言って会長は僕を離した。
僕の体から温もりが消えたと同時に、少しの寂しい気持ちが生まれた。
不思議なことに、『抱き締められる』という行為が全く嫌ではなかったのだ。むしろ、気持ちよかったと言える。
「…今日はもう帰れ」
会長は立ち尽くしたままの僕を促した。
「はい…ご迷惑おかけしました」
会長宅の玄関まで向かう途中、前を行く会長を見るだけでドキドキしてしまう自分がいた。
さっきまではこんな気持ちにならなかったのに。僕に一体何が起きたのだろう。
心臓のあたりが痛くて服をぎゅっと掴んでしまう。
「大丈夫か?」
「…なんとか大丈夫です」
もう、目の前の人物の顔を正視できない。
「そうか」
そして、会長は何事もなかったかのように靴を履く僕に言った。
「また明日な」