SketDance
□Sweet bitter chocolate
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※安椿←榛
「会長…」
「どうした」
「…………え…あ…いや…なんでもないです」
僕はその場から走って逃げた。
***
『見回り』という名目で、夕焼けが射す廊下を一人で歩く。
どうしてもポケットに入った物に手が伸びる。
「……っ」
入っているのはチョコレート。バレンタインデーの今日、会長に渡そうと思って昨日一時間かけて選んできたものだ。
しかし、いつになっても渡せない。
僕と会長は付き合っている。だからチョコレートをあげることは何らおかしいことではない。
それなのに渡そうと思うと、途端に恥ずかしくなるのだ。
「つーばきちゃん」
後ろから聞き慣れた声がした。振り返ると、そこにはやはり
「榛葉さん…」
生徒会庶務・榛葉道流が立っていた。
「何?どうしたの?」
「……いえ、なんでもないです…」
実を言うと榛葉さんにはチョコレートを用意していないのだ。にも関わらず『会長にどうやったらチョコレートあげられますか』とか聞いたら本当に悪い奴だ。
「ふーん……あ、分かった安形のことでしょ?」
「え…っ?」
僕は思わず目を見張った。
「だって今日バレンタインでしょ?」
「…はい」
「だから」
そう言って榛葉さんはその先は言わなくても分かるだろう、と言いたげな表情をした。
「チョコレートなら渡しちゃっていいと思うけどね」
「……でもできなくて…」
胸が締め付けられるような気持ちになる。
「普通に渡せばいいのに。だって安形が拒否するわけないじゃん?それか俺に頂戴よ、それ」
どう答えればよいのか全く検討がつかない。なぜなら僕は先程言った通り、榛葉さんにはチョコレートを用意していないからだ。
「……榛葉さん、ありがとうございます。会長に頑張って渡してきます」
どんなに考えてもそれが一番の言葉だった。
「…そっか」
「それじゃまた生徒会室で」
僕はその場から走り去った。
***
「……ちっ」
らしくないが、舌打ちをしてみた。小さな音が妙に反響する。
あそこで『じゃあ俺に頂戴よ』と言った言葉は決してジョークではなかった。
元々椿ちゃんが安形にしかチョコを用意していないのは予測済みだった。椿ちゃんは一途な人だから。
でも少し。ほんの少しだけ期待していた自分がいた。
今はそれに腹が立ってしょうがない。
「はあー」
思わず溜め息が出た。
***
緊張してガクガクする手で生徒会室の扉を開いた。
「椿」
部屋には会長しかいなかった。
「あの、会長、」
「今度はなんだ?」
「いや、その…これ……」
おずおずと小さな包み紙を取り出し、会長に差し出す。
「あーそういや今日バレンタインだったな」
「その、もらって下さい…」
「何いってんだ?もらうに決まってるだろ」
会長の言葉に肩の力が抜けた。
「それに俺は好きな奴の気持ちを裏切ることはしない」
そう言って会長は僕を抱きしめてくれた。
やっぱりこの人を好きになってよかった、と僕は会長の温もりを感じながら改めて思った。
来年のバレンタインも今日のようでありますように。