VampireKnight

□「馬鹿にしてるの?」
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「か、架院先輩…っ、私と…その…付き合って下さい…!」

ある日の夕方、俺は普通科の女子に告白された。俺は人間の女子には興味が甚だない。まあ違う目的でなら興味あるが。

「悪い」

真っ赤になって震えている彼女に同情していたら埒があかない。今日も俺は潔く断った。

いつもならこの後、女子達は泣きながら走り去っていくか、ありがとうございました、とお礼を言って妙に清々しい顔をする。
しかし、今日の奴は違った。

「…じゃあ抱き締めてもらってもいいですか?」

泣きそうな顔でそう言ってきたのだ。
まあ別にそれくらいならいいかと思った俺は彼女の願いを聞き入れてやった。

「こうか?」

軽く、本当に軽く抱き締めてやってから手を離す。わずか一秒ほどの、感情の全く篭っていない包容。しかし、相手は

「ありがとうございます…っ!」

と感動したような口振りで、嬉しそうに帰っていった。一体先程までの泣き顔はどこへいったのだろうか。

錐生に用があり昼の校舎に来たものの、結局まためんどくさいことに遭遇してしまった。
やる気がなくした俺は、まあ明日でいいよな、と独り言を呟いてから足早に月の寮に帰ることにした。

***

「はあ、」

溜め息とともに入った寮の自室には部屋を共有している英ではなく、

「おかえり、暁」

瑠佳がいた。

「どうした」

瑠佳と英と俺は幼馴染みであるため、部屋に勝手に上がってきても構わないような関係だ。しかし、恋愛感情がなくても男女として互いを意識する年頃。だから瑠佳がこうして部屋に来るのは何か悩み事がある時……しか今のところはない。

「ねえ暁、さっき普通科の女子に告白されてたでしょう?」

瑠佳は恐ろしいほど穏やかな口調で、逆に俺に質問してきた。

「ああ、された」

今更されてないなんて返したって無駄。俺にこのことを聞いた時点で瑠佳はさっきのことの全貌を知っているはず。

「その時、その子を抱き締めたわよね?」

「抱き締めたな」

瑠佳の真意が見えない。

「…そう、」

短く、独り言のように呟いて瑠佳は俯いた。
俺は、瑠佳はもう用が済み、そのまま自室に帰るのかと思っていたが、その様子は全くない。
俺達の間には長い沈黙が流れた。時計の音がやけに大きく聞こえる。


その沈黙を先に破ったのは瑠佳だった。

「暁…、その…私のこと、抱き締めて」

「……は?」

顔を真っ赤にしている瑠佳に問う。

俺は突然のことに頭が追い付かなかった。
今のは幻聴なのか?あの瑠佳が俺に『抱き締めてほしい』、だと?
驚きが頭を渦巻く。
まあ、俺としては嫌じゃない。寧ろ大歓迎なくらいだ。

「だから、抱き締めてって言ってるの!」

こんな瑠佳、初めて見たなあ、と本件を忘れて思う。
俺を驚かせた張本人は先程より一段と落ち着かなくなっていて、耳まで真っ赤に染まっていた。


恐る恐る俺は瑠佳の背に回って強く抱き締めてみる。
正直、俺もかなり緊張していた。なんせ何年も片想いで、しかも進展がなかった為に、肌と肌の温もりを感じるは、初めてなのだ。
確かに俺は今日告白された女子のように抱き締めて下さい、と依頼されたことはある。しかし、相手には悪いが一度たりとも本気でそれをしたことはなかった。

「瑠佳」

耳元でそっと囁いてやる。
彼女を抱き締める力がどんどん強くなっていっているのは、自分でも分かっている。でも、緩めることができない。きっとこれは今までの俺の思いの現れなのだろう。

***

暁が私の身体を抱き締めている。その事実だけで私は心臓の鼓動が早くなる。顔は、自分でも分かるくらいに真っ赤。

今日、たまたま見かけた暁が告白されている場面。
女子が涙目になっていて、断られたことが分かる。良かった、と胸を撫で下ろして場を去ろうとした時。私は見てしまった。見てしまったのだ。
暁がその女子を抱き締めているのを。
気づけば私はその場から逃げるように走っていた。『早園せんぱーい』やら『瑠佳さん!』やら普通科の生徒達が私の名を呼んでいたが、そんなことに応対する余裕もない。
私の心を渦巻いていたは悔しさだった。
私が未だ伝えられていない思いを、その女子は私と比較できないくらいの短時間で成したのだ。しかも抱き締めてもらっていた。別に、彼女がされていることに腹が立っている訳ではない。悔しい、ただそれだけ。

だから、私は今日、暁にその女子と同じことをしてもらおうと決意した。好きでもない女を抱き締めたなら私も大丈夫だろう、と。
そして冒頭に戻る。

「瑠佳」

暁が耳元で囁いてきた。その低音と溢れ出す色気で心臓が飛び出そうになる。
今度は、私の番。

「暁」

先程の彼の真似をして名を呼ぶ。
そしてキスしようと振り返ってみると、不意にも暁と目が合った。しかし私はなぜか目を逸らすことができない。見つめる先にいる彼が愛しくてしょうがなかった。

ふっと、唇に何かが触れる。それはほんの一秒ほどの出来事。あっという間だった。
驚いて暁のことをもう一度まじまじと見てみる。

「キス、嫌だったか?」

本当に暁はどこまでも気配り上手だ。
しかし、いざ『キス』という言葉を意識してみると、恥ずかしくてしょうがなくなった。私と暁が男女が愛を交わす時にする、あれをしたのだ。

「……別に」

私の、本音。
言った後暁をちらっと見てみる。彼は珍しく威圧的な、見下すようなサド全開の笑顔を浮かべていた。
と同時に私はあることを察する。

「ばっかじゃないの」

思わず小さく呟く。

「なんか言ったか?」

「何にも」


…私の想いにずっと前から気づいてくせに。ほんと、馬鹿にされてた気分だわ。

そう思った私の感情は苛々などでは決してなく、喜びに満ちていた。

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