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□タワー
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※参考:タワー/KEI feat巡音ルカ
※原曲には描かれていない人物、設定が有ります




ぽつりぽつり。
雨がアスファルトを濡らす。まるで私の心を見透かされたようだ。
わーわー騒ぎながら塔の下へと避難する人々を横目で見る。でも、動く気にはなれなかった。こんな土砂降りの中、傘もささずにいるなんて今日が初めて。

水溜まりができかかっている足元から視線を上にすると、都会のネオンが華やかに光っている。さっきまでの自分だったら、気持ちが高ぶっていたかもしれない。でも、今はその景色を少し見るだけでも嫌になった。嘲笑われている気がするし、つい数十分前までの自分が思い出されて悲しくなるのだ。おまけに紫髪のあの人が言った言葉も、言われた瞬間さえもじわじわと脳裏に浮かんでくる。

***

タワーに上るエレベーターの中では、ああ私は生きているんだ、と思えた。それまでの時間の感情は無に等しかった。
そして、なぜ上ろうと思い立ったのか。……別に特別理由はない。気づいたら足が動いていた。

ピンポーン
音と同時にエレベーターのドアが開き、大勢の客が展望台のフロアに散った。勿論私もその波にのまれた一人。

降りたフロアは窓しかない場所だった。360度見渡してもだ。
お陰様で何もすることが思い浮かばなかった私は自然と窓際に吸い寄せられた。
おそるおそる前屈みになって外を見ると、目の前に広がったのはまたしてもネオンの光だった。それも、視界を遮るものがないせいで先程見たものよりも美しい。
あちこちで『うわあ』だの『見てよ!』だの人々が感嘆する声が聞こえる。でも私にはそんな思いは微塵も芽生えない。むしろさっきと変わらず、嘲笑われているような印象のまま。『俺はみんなに見てもらえてこんな幸せなんだぜ』とでも言いたげな輝きに、腹もたった。

放っておいて欲しかった。
イルミネーションなんて、ネオンなんてなくなってしまえばいいと思った。



「どうかしましたか?」

声がした方に振り返ると、私と同い年くらいだろう青髪の青年が立っていた。服装からするに、ここの従業員だろう。

私がなんで話しかけたの?とでも言いたげな顔をしたからだろう。青年は、

「だって、泣いてますよ?」

と心配そうに言った。

「私が、泣いてる?」

「……はい…」

額を触ってみた。濡れていた。
嘘だ、と思って窓を見た。目が真っ赤に腫れていた。

「これ、使って下さい」

言うと同時に青年は私の右手にハンカチを押し込み、会釈して敏速にその場からいなくなった。

「……」

じっと手の中のハンカチを見つめていると、涙が溢れてきた。今度は自分でも感じられるくらい、熱いのが。
最愛の人に別れを告げられ、いなくなっても誰にも気付かれないような存在になった私を気遣ってくれた人がいることが嬉しかった。さっきまでは放っておいてほしいなんて思っていたのに。私は案外ひねくれているのかもしれない。


19時30分の空は黒く、窓から街を見下ろすと相変わらずネオンに多い尽くされていた。でも、決して嫌ではなかった。むしろ、本日三度めの景色が好きになったかもしれない。


また、ここに来ようと思った。

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