時雨心地の夕暮れに

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「すまない、道をたずねたいのだが」

不意に後ろからかけられた声に、驚いて落としかけた小包を慌てて握りなおす。
そうしたら予想してなかったものが目の前に飛び込んできて、思わず固まる。
いくらか傾きはじめた太陽に照らされてキラキラときらめく、金色の髪。
そして、まるで夕暮れ時の太陽のような色の瞳。
生まれてこの方見たことない容姿だけれど、ただひとつ確かなことは、彼がこの国の出身ではないということだった。

『あ、ええと…』
「日本語なら大丈夫だ」

くすりと柔らかく微笑む彼。
慌てていた自分が恥ずかしくなる。

『道でしたよね、どちらに行かれるんですか?』
「ああ、このあたりに鏑木という家はないか?」
『鏑木さま…?』

頷く彼に、偶然ってあるものなんだなと不思議に思った。

『私もちょうど届け物があるんです。案内しましょうか?』

私の手元にある小包を一瞥して、彼は頷く。

「ああ。頼む」





* * *





並んで道を歩いているとたくさんの視線を感じた。
異国の人はやはり珍しいから仕方ないのかもしれない。

「日本の町はおもしろいな」
『そうですか?』
「ああ。すばらしい」

目をキラキラさせて道行くものを眺めている。
私にはなれてしまったこの風景が、彼にはどう見えているのだろう。

『慣れてしまうと、気づけなくなるんでしょうね。きっと』
「そういうものかも知れないな。…それより、一つ聞きたいんだが」
『何でしょう?』
「名前を教えてくれないか?」

そういえば、教えていなかった。

『私は藤堂椿です』
「ファーストネームは、椿か?」

ファーストネーム、なんて言葉は聞き慣れていなかったのでなんだか変な感じがする。

『そうですよ』
「…そうか。俺はジョットだ」
『じ、じょっとさん…?』
「ああ。椿、よろしく」

若い男性に呼び捨てで呼ばれることは普段ないので、少し驚いてしまう。
海外では、名前は呼び捨てにするのが普通なのだとは知っているけれど。

『はい、よろしくお願いします、ジョットさん』

優しく微笑むジョットさんに私も満面の笑みをかえす。

「俺のことも呼び捨てで構わないぞ?」
『そ、そんなわけには…』
「…ああ、そういえば、ジャッポネーゼの女性はそういう奥ゆかしいものだと雨月が言っていたな」

ジョットさんは何か納得するように数度頷いた。










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