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□きゅう
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「零崎」
『忍足さん』

 ラッキーですね。単純な人が向こうから来てくれました。

「ドリンクはどないしたんや」
『ご心配なく。ちゃんと準備してあります・・・・・少し、お時間よろしいでしょうか?』
「・・・・構わへんけど。何やねん」
『ここじゃちょっと・・・場所を変えましょう』

 自分でそうしてくれと頼んだから仕方ないですが、冷たい態度をとられるのは少し寂しいです。こういうのも、いーちゃんさnにかかれば「戯言だけど」の一言で片づけられてしまうんでしょうね。
 人気のない水道まで来ると、謙也さんは途端に何とも言えない寂しそうな顔になりました。垂れた耳としっぽが見えるのは錯覚でしょうか。

「やっぱ嫌やでこんなん。なにが悲しくてわざと冷たくせなあかんねん」
『すみません。でも、謙也さんだってフルボッコされるのはイヤでしょう?』
「それは・・・・・・」
『それよりも、聞きたいことがあるんです』
「おん、何や?」
『 何があったんですか? 青学・氷帝・立海・四天宝寺で 』

 嘘。ボクは本当は何があったのか知っています。これはただの確認です。でも、何も知らないはずのボクが あのこと を知っているのはおかしいですからね。
 ですから、すみません謙也さん。ボクは貴方との友情を利用させていただきます。全てがより円滑に進むために。・・・まあ、これは貴方への試験(もどき)も兼ねていますけど。

「・・・・自分『―――――』のこと知っとるか?」
『・・・いいえ』
「『―――――』はな、嵌められたんや。琴村那月っちゅう女に」
『・・・・・・・・琴村、那月さん?』
「せや。その女はとんでもない悪女でな、『―――――』にフられた腹いせに皆にこう言うたんや」


「助けて・・・!『―――――』くんに告白されて断ったらいきなり襲われたの・・・!!」


「あいつがそんなことするわけないのに、皆あっさり信じよってな。今まで一緒にやってきた仲間までもがやで?他校の奴らも一緒になってよってたかってリンチ・虐めや。挙句の果てには屋上から突き落としたって・・・・『―――――』は何とか一命は取りとめたけど、まだ意識不明やと。それを聞いたあいつらは何て言うたと思う?」

 簡単に予想ができてしまったけれど、口に出すのはイヤだったからボクは黙ったままでいました。

「”死ななかったなんて残念。『―――――』は死ぬべき存在なのに”」
『・・・・・・』
「ふざけんなや!!何が仲間やねん。死んでよかったなんて絶対に言うたらあかんことやぞ!!!それを、よりにもよって仲間に言うなんて頭おかしい、狂っとるわ・・・!!」

 謙也さんの目には涙が浮かんでいましたが、ボクは泣きません。それどころか、頭は酷く冷静です。
 おおよその内容は事前に聞いていた通りですね。嵌められていて、虐められて、突き落とされた。でも一つだけ新情報がありました。
 謙也さんが首謀者だと言った彼女、琴村那月さん。どこかで聞いた名前だなと思いましたけど、ようやく思い出しました。
 以前一度だけ若の試合を見に行った時、どっかの学校のベンチでやたらめったら黄色い声で応援していたあの女の子。あれが彼女だったんですねー。いやはやそれにしても、ボクが記憶力があまりないボクが名前を覚えてるって、どんだけ強烈だったんですか彼女。

『謙也さんは、その琴村さんにダマされていないんですね』
「当たり前やろ。誰がダマされるかっちゅー話や。俺以外にもダマされてない奴は結構おるで」
『 ダマされていない人 ですか・・・。でも、そのうち『―――――』くんの 味方である人 はどのくらいいますか?』
「っそれは・・・」

 口ごもってしまう謙也さん。まあ、そうでしょうね。ダマされてはいなくても、それが『―――――』くんの味方とは限りませんし。
 ボクの見たところ、大体は傍観者だと思います。敵にはならないけど、味方にもならない。それが一番気持ち的に楽ですもん。

『おまけに彼の味方でもそれを公言することはできないでいる。部活内での空気を悪くしたくないから。そして・・・自分が痛い思いをするのは嫌だから・・・・・・違いますか?』
「・・・・・・・その通りや。味方や味方や言うてても結局は何もできひんただの臆病モンや。口先ばっかで、何もせえへん」
『・・・・・・・・』
「けどな。俺はもうやめたんや、逃げるの。あいつが突き落とされて、それ聞いたあいつらが笑っとるの見てな、頭に血ぃ上って、気づいたら白石を殴っとった。思いっきし。それで部活の空気めっちゃ悪なってな。白石ブチ切れて俺もブチ切れて大喧嘩。レギュラーも降ろされるとこやったけど、オサムちゃんが取りなしてくれて何とかそれは逃れたんや。せやけどそれ以来俺は白石たちと現在進行形で対立中。・・・仲間から嫌われるってこんなに痛かったんやな。俺、『―――――』の気持ちがやっとわかったわ」

 寂しそうに、痛そうに、苦しそうに、切なそうにそう語る謙也さんの目は、とても凪いでいました。

 まったく。

・・・・こんな人がいるんじゃ、もうやめられないじゃないですか
「は?」
『いえ、こちらの話です。・・・・お話はよくわかりました。聞かせてくださってありがとうございます。謙也さん』
「何や?」
『貴方は合格です。・・・・意味がわからないでしょうから、忘れてもいいですよ』
「?おん。・・・せや、俺朱識に言わなあかんことがあったんや」

 そう言うと謙也さんはにかっと笑いました。

「お前は自分と無関係を装え言うてたけど、無理や。だって、そんなんしたらまた俺は同じことを繰り返すから。朱識と話してて、気付いたわ」

 「せやから俺は、お前と友達なのを隠さんといくでー!」と言い残し、謙也さんは練習に戻って行ってしまいました。
 ・・・・正直驚きましたね。謙也さんがここまで、何というか・・・お人好しというか、バカみたいに真っ直ぐだなんて。今だって十分大変なはずなのに、出会って数日の人間の肩を持って、仲間との関係をさらに険悪なものにする気ですかあの人。
 四天宝寺の部長さんはたしか・・・・ボクを嫌いまくってる白星さんでしたか。

『できる限り守ってあげないといけませんね・・・・』


           ≪忍足謙也、合格≫



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