銀と紅
□十二
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雑渡を学園長の庵まで連れて行った三郎及び五、六年生は到着した途端に追い払われてしまった。
ぼやくハチを雷蔵に冷静に諭した。
雷「仕方ないよ、ハチ。きっと僕たちが知っちゃいけない極秘のことなんだろうから、ね?」
八「わかってるけどさあ・・・・・」
頭ではわかってはいるものの、納得はできないだろう。
仙「ところで久々知。先日実技の試合があってお前、負けてたな」
びくりと兵助の肩が震えた。彼以外の全員が一斉に爆弾を投下した仙蔵を見るが、当の本人は涼しい顔だ。
古傷をえぐられるような問いにも兵助はきちんと答える。
兵「・・・・・・・それがどうかしたんですか?」
地を這うような低い声音で。
仙「いや何。お前に勝った雨羽とかいうのはどういう奴なのかと思ってな」
兵「知りませんよそんなこと」
不機嫌そうに兵助は返した。が。
三「私と勘ちゃんは仲良いですけどね」
爆弾投下者二人目。真っ先にそれに反応したのは兵助だ。
兵「何それ。どういうことどういうこと。私は聞いてないけど?三郎が秘密主義なのは今に始まったことじゃないけど何で勘ちゃんまで黙ってたの。ねえ、何で。何で?」
勘「ち、ちょっへい、すけっ、しゃべ、喋らせてっ!」
伊「久々知っ。尾浜を放してあげてっ」
伊作に言われて我に返った兵助がぱっと手を放すと勘右衛門は目を回して座り込んでしまった。どうやら兵助に力一杯ゆさぶられるのは相当効いたらしい。ちなみに、三郎はこうなることを見越してか、安全な場所(雷蔵の傍)に避難している。
伊「尾浜、大丈夫?」
勘右衛門を診ておこうと思ったのか、伊作は駆け寄ろうとしたがお約束通りに派手にこけた。何故こんなにも近い距離で何も無いところでこけるのかを聞かないのは暗黙の了解の内である。だって保健委員長なのだから。
兵「・・・・で、何で三郎たちは雨羽のこと知ってるの?」
静かに、努めて静かに再び問うた兵助に雷蔵は無言で三郎を差し出した。そして八左ヱ門と二人で素早く離れる。触らぬ神に何とやらだ。キレた兵助に下手に手を出すとこちらが危ない。
三「(逃げたな二人とも)いや、雨羽も学級委員長委員会だからな。私や勘ちゃんと同じなんだ。・・・ああ、そういえばハチと同じ生物委員会でもあったな」
兵「そうなの?」
ぐりんと兵助の首だけ動いて八左ヱ門を見る。怒りの矛先が彼に向いた。
八「(三郎てめええええええええ!!)い、いやでも俺ほっとんどあいつと話さないからさ。だからやっぱ知ってんのは三郎たちだろ」
三「いやいやいやいや。二人で動物の世話をしたりするんじゃないか?」
八「それを言うなら三郎。お前たちも仲良く茶ぁ飲んだりするんじゃないのか?」
三「照れるなよ」
八「照れてんのはそっちだろ」
ばちばちばちばち。
すっかり蚊帳の外にされて手持ち無沙汰になってしまった六年生と雷蔵はそっちで勝手に話し始める。
文「不破、お前は雨羽のことを知っているのか?」
雷「いえ、知りま・・・あ、知ってました」
留「へえ、いつ知りあったんだよ?」
雷「いえ、知りあったというか、二週間に一回本を借りに来るのでちょっとだけ話すんです。挨拶する程度ですけど」
ね、中在家先輩。と同意をめると、長次はゆっくりと頷いた。彼も知り合いだったらしい。
長「・・・・だが、最近は・・・来ていない」
仙「ほう、そうなのか。では―――」
小「あっ!おーーーーーーーーい!お前ーーー!!」
仙蔵が何かを言いかけたが小平太が彼の言葉を遮ってしまった。
六人が目を凝らしてみると小平太の視線の先には噂をすればなんとやら、雨羽銀がいた。彼自身もいきなり名前を呼ばれて驚いた顔をしている。
こっちこっち、と小平太が手招きすると大人しく彼は近寄って来た。文次郎、留三郎、仙蔵、伊作は少し意外な気持ちになる。てっきり逃げられると思っていたのだ。
小「雨羽銀だな!」
『はい』
雷「雨羽くん、こんにちは」
『こんにちは。不破くん、中在家先輩』
長「・・・・こんにちは」
穏やかに挨拶を交わす五年2人と六年2人。実に微笑ましい光景だ。留三郎と伊作は自分も会話に混ざりたいと言わんばかりだ。
仙蔵は目を細め、探るようにじっと銀を見つめた。
あの実技の試合以来、銀に興味をもった仙蔵は色々と彼のことを調べていた。
五年は組に在籍しており、学級委員長委員会と生物委員会を兼任している珍しい生徒。だがそれを除けば成績も普通で穏やかな性格をしている典型的なは組の生徒だ。後輩たちからは優しい先輩だと言われて慕われているが、同級生以外の同学年の者や自分たち上級生とはあまり関わろうとしない。わかったのはそんなところだ。もっとも最後のは憶測だが。
だから不思議なのだ。彼が実技に秀でているなど。
小「ところで雨羽、この間の実技の試合見てたぞ!」
『この間・・・ああ、あの時のですか』
小「ああ!久々知よりも強いとは驚いたぞ!」
雷「そうそう、僕もびっくりしたよ」
小平太に便乗してか、雷蔵もその話題に食いついた。興奮もあらわに話す二人とは対照的に銀はいたって冷静だ。
『あの・・・あれは、ただ偶然出した足に久々知がたまたま引っかかってしまっただけで、別に僕が強いってわけではありませんよ』
苦笑いをしているところを見るに本当のように思えるが、解せない。仙蔵は目を細める。
あれはどこをどう見ても銀が兵助に足払いを掛け、遠心力を利用して兵助をひっくり返したはずなのだ。
『すみません、少し急いでますので・・・』
そう言って銀は去って行ってしまった。