銀と紅
□九
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『・・・・・・・』
ぱちりと目を覚ました夜雨の視界に広がるのは見慣れた自室の天井だ。
むくりと起き上った彼女は頬にかかる銀の髪を一房持ち上げ、先程までの夢の中での出来事をよーく思い返してみた。
『・・・・・・・・』
そうすると何だか身体の奥底から黒い怒りのようなものが沸いて出てくるような気がする。
そもそもだ。あの神の真意はたしかに未だにわかっちゃいないが、だからといって人の安眠を妨害する権利など、たとえ神であろうともっちゃいない。というかもってはいけないだろう。それに、わざわざ人が忘れたいと思って奥底に沈めさせていた記憶を引っぱり出してきて無理矢理見せるやつがあるか畜生。
そう、だから仕方がない。
雑「ああああああ夜雨さまああああああああああ!!」
ぱあああああん!!!
そう、だから仕方がないのだ。苛立ちに任せて雑渡(ヘンタイ)を沈めるのは。
雑「今日も、素敵な・・・・・ハイキックで・・・(ドクドク)」
『黙れ糞が』
流れ出る鼻血を手で押さえながらもう一方の手でぐっと親指を立ててみせるのは、夜雨の一番弟子にしてタソガレドキ忍者隊組頭の雑渡昆奈門だ。実力は申し分ないのだが、何故こうなってしまったのか、性格は残念なほど変態だ。
『何しに来たの、昆。用も無く来たのならばはっ倒すぞ』
雑「やだなあ、決まってるじゃないですか〜。もちろん夜雨さまを舐め回してハアハアするため・・・」
『おーいーー』
律「はい、夜雨さま」
どこからともなく現れた律は素早く雑渡を縛り上げ、彼の顔面に足の裏をぐりぐりと押しつける。
雑「ちょ、痛っ!律くん足の裏なんか――あれ、意外と臭くない・・・いたたたた!!」
律「いいかげん黙ってください昆さん。不法侵入者だと言って突き出しますよ」
にっこりと極上の笑顔を浮かべる律の背後には何か黒いものが見える、気がする。
昼間のあの乱暴な口調の彼とはかけ離れた態度にも動じる様子など夜雨にはまったく見られない。というよりも、こちらが彼の素なので、彼女にしてみれば昼間のほうがよっぽどおかしく見える。
彼、神籬律の正体は夜雨の二番弟子、つまり雑渡の弟弟子なのだ。
『律、もう放してやって、でないと新しく変態の道を開拓しかねないから』
夜雨に言われて兄弟子の顔を覗いた律は速やかにその指示に従った。顔を踏みつけられながらうっとりとした表情を浮かべる奴からは離れるにかぎる。
雑「律くん酷いよー。兄弟子の顔を踏みつけたりする普通?」
しゅるりと自分で縄を解きながらぶうたれる雑渡。こんな36歳があのタソガレドキ忍者を束ねている者なのだと思いたくない。
律「夜雨さまに不埒なことをしようとする貴方が悪いんです・・・おや」
説教をはじめようとした律が顔を上げると同時にすぱんっと襖が開いた。
三「夜雨さまっ!!・・・と律さんと昆さん!」
焦った様子で中に入ってきたのは雷蔵に変装した三郎だ。
雑「おや、三郎くんじゃないか。さあ、感動の再会の抱擁だよ。私の胸に飛び込ん・・・・」
さあっ!と言わんばかりに大きく腕を広げた雑渡を瞬殺した夜雨と律は互いに目と目で会話し、己のやるべき仕事に移る。
夜雨は雑渡への追い打ち、律は三郎の相手だ。
律「三郎くん、いけませんよ昆さんに近づいたちゃ。今はちょっと危ないですからね」
三「?はーい」
雑渡の言う通りに彼の元へ行こうとした三郎は、素直に足を止める。それを認めた律はほっと安堵した。三郎は他人に対しては警戒心が強いが、身内に対しては本当に無防備だ。気をつけさせなければ。
『死ね、変態』
雑「ちょっ本当にタンマタンマ!やめてお師匠!”蜘蛛糸”出そうとしないで!!これっこれ持って来たんですからっ」
青ざめた(といっても彼は右目以外が隠されているため、雰囲気でそう判断しただけだ)雑渡は慌てた様子で懐から一通の手紙を取り出した。
『手紙?』
誰からだというのだ。
雑「違いますよ〜。これは最近起こったことをまとめた報告書です」
夜雨は眉を寄せる。そんな指示を彼女は出していないし、近頃おかしなことが起こったというのも聞いていない。
とりあえず報告書とやらを読んで、くだらないことだったらシメよう。そう結論づけてぱらりと開いて目を通し始めた彼女の目は次第に真剣味を帯びていく。
読み終えた彼女は無言で律と三郎に手渡し、自身は目を閉じて黙考する。
報告書を読んだ律と三郎の瞳は驚愕に彩られる。
律「夜雨さま、これは・・・」
三「もしかしなくても・・」
『ああ、そうさ』
夜雨はその美貌に氷のごとき笑みを乗せた。
『最近は行動を控えていたとはいえ、随分舐めた真似をしてくれる・・・・この『銀風』に喧嘩を売ってくるだなんて』