銀と紅
□八
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森の中を走っていた夜雨は背後から迫ってくる気配を確認すると、足を止めた。
ふう、と息をつくと頬にかかっていた銀の髪をうっとうしそうに払い、んーと緊張感を感じさせないように大きく伸びをした。瞬間、大きく反らした背中の後ろを幾つもの手裏剣が通り抜け、傍にあった木に突き刺さった。
それと同時に隠し武器の小刀を数本無造作に放ち、素早くその場から飛び退く。断末魔の声が幾つか聞こえた。
「死ね、『銀風』!!」
暗闇から突然躍り掛かってきた忍び装束を着た男がそう言った直後、男の首はすぱんと宙を舞った。
いつの間に抜いていたのか、夜雨は血に濡れた忍刀を引っ提げている。
「『銀風』」
己の二つ名を呼ばれ、彼女は面倒そうに顔を上げた。覆面と頭巾のせいで顔の大半が隠された男と目が合う。
「『銀風』よ。今、貴様が置かれている状況が理解できるか・・・?」
『・・・・状況って、私の周りにいるお前のお仲間共のことか?』
瞬時に今まで押さえられていた幾つもの殺気が彼女に突き刺さるが、まったく動じる様子はない。
「その通りだ!我が同胞たちを虫けらのように殺した殺人鬼よ!死して全てに詫びるがいい!」
何十人もの忍びが一斉に彼女に襲いかかる。手に手に黒光りする武器を持って。
『―――切り蜘蛛一番”血霞”』
直後、彼女の周りに会ったのは無数の細切れにされた紅い肉片だけだった。
頭から血をかぶったかのように全身血まみれの彼女は、おもむろに足を軽く上げ――肉片の上に無造作に振り下ろす。
ぐちゃりと嫌な音を立てて肉片は潰れた。
『仲間を殺したから復讐する?それでも貴様らは忍か。忍は一人で生きる、殺戮することでしか生きられない、他人に操られることしかできない人形だ。人形が感情をもつものか。主人以外の命令以外で動くものか。馬鹿共が。そんなお前らに忍を語る資格などない』
冷たく言いきる夜雨の瞳に感情の光は一切無い。
そうして興味を失ったのか、踵を返して歩き去ろうとした彼女の身体は突然硬直した。
『!?』
指一本動かせない。口を開くことも、瞬きすらもできない。
(何だ、これは・・・・・・・・・・いや、私はこれを知っている――?)
漆黒の闇が彼女を包み込んだ。
(これ、は・・・!)
<―――夜雨よ>
ずんっと、凄まじい負荷が彼女に振りかかる唐突な重さに身体は耐えられず、彼女は無様に地に倒れ伏した。
何とか身を起こそうとするが、指の一本も動かせないのでそれはできなかった。
やがて諦めたのか、彼女の身体から力が抜ける。
<―――夜雨よ。お前は夢の中ですらも変わらないのか?変わらず、同じ選択をし、血を流し続けて屍の上にしか立てぬ道を歩むのか?>
(・・・そう、ここは夢の中。さっきのは私の昔を再現した。だから私は知っていたんだ・・・・)
夢は容赦なく彼女に現実を突きつけ、かの神は嘆きながら彼女を絶望に叩き落とす。
<―――ゆめ忘れるな、夜雨よ。お前が今生きているその意味を・・・>
そして闇は光に変わった。