銀と紅

□五
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勘「・・・・・・え?」

 三郎を除いた三人は己の目を疑った。
 兵助は五年い組の中でもかなりの実力を持っている強者だ。そうやすやすと負けるはずがない、が、今倒れている敗者は兵助で、立っている勝者は雨羽なのだ。
 勝った雨羽が兵助に背を向け、クラスメイトたちのところへ戻ろうと歩き始めると、しんと静まっていた周囲がざわめく。
 
 「おい、久々知が負けたぞ」
 「きっと手加減したんだよ。でなきゃい組がは組に・・・・・」
 「手、抜いてるように見えたか?」
 「雨羽とか誰だよ」
 「知らない」

 動けないでいた雷蔵たちの元に兵助がよろよろと戻ってくる。彼は特に動揺した様子もない三郎の肩をがっと掴んだ。
 そして困惑したような、今にも泣きそうな、そんな顔をしながら口を開いた。

兵「三郎、お前知ってたんだろう?知ってて、知ってて何で言わなかったんだ?何で、何で―――」
三「兵助」

 矢継ぎ早に彼の口をついて出てくる問いを遮った三郎はぽんぽんと兵助の背を叩いた。

三「ここじゃあ人目があって落ちついて話せないから場所を移すぞ。授業も終わったし」

 ついて来いと言うように大げさに雷蔵たちに向かって手を振り、ちらりと銀を一瞥した三郎はほんのわずかに口端を上げ、兵助を抱きかかえるように歩き去って行く。
 銀はそんな彼らの背中をじっと見つめ、視界の端に捉えていた木を一瞥すると踵を返した。




 一方、木の上に潜んでいた六年生六人も衝撃で固まっていた。

留「おいおい・・・・久々知のやつ、手ぇ抜いてた、よな?」

 信じられないと言わんばかりの口調で留三郎は言ったが、仙蔵は冷静にそれを否定する。

仙「いや・・・・・あれは本気を出していた。わかっているだろう?」
伊「でもあの久々知がが負けるなんて・・・」

 伊作もまだ現実を認められていないのか、声音に困惑したものが混じっている。

文「伊作、久々知の奴は驕っていたから負けたんだ」

 文次郎のその言葉に仙蔵は一つ瞬きをした。てっきり留三郎と同じように動揺しているかと思っていた。
 学園一忍者をしているという彼の言葉の意味がわからない伊作は、思わず聞き返していた。

伊「驕っていたってどういうこと?」
文「基本的にい組は成績優秀者の集まりで、は組は・・・言ってしまえば成績が悪かったり、実技が苦手な者の集まりだからな。心のどこかでは絶対に負けやしないという、驕りがあったんだろう」

 そして文次郎は目の前にいる留三郎を一瞥した。

文「・・・・・まあ、戦闘馬鹿という例外はいるがな」

 ぴき。留三郎のこめかみに青筋が浮かぶ。

留「鍛練するか帳簿をつけるしか能のない、い組には言われたくねえなあ」

 ぴくり。文次郎の眉が跳ね上がった。

文「・・・やるか?」
留「上等だ!」

 例によって例の如く、いつものように喧嘩を始めてしまった二人に、仙蔵はやれやれと息をつく。そして、おもむろに懐から愛用の焙烙火矢を取り出し、火を点けて二人に向かって軽く放った。

「「 あ 」」

 きれいに二人がハモった直後に焙烙火矢が直撃し、爆炎が立ち上る。伊作は現実を見たくなくて目をそらした。

仙「ところで小平太。さっきからずっと黙ったままだがどうしたんだ?」

 何事も無かったかのように問うてくる仙蔵に、小平太は何も答えない。むーと口を引き結び、先程まで兵助と銀が戦っていた場所をじっと見つめている。

小「・・・・・・・・・・・・だめだ」
仙「は?」

 ようやく口を開いた小平太だが、言っている内容が意味不明だ。仙蔵と伊作、そして目を丸くした。何を言っているんだこいつは。

小「長次、仙蔵、いさっくんも。今あいつと戦っちゃただめだ。絶対に絶対にだめだ。手を出すのもだめだ」
仙「何でそんなに駄目なんだ?理由は?」
小「・・・わかんない。けど、そう思った。直感だ」

 自分で理由がわかってないくせに執拗に「だめだ」を繰り返す小平太に、伊作と仙蔵は困惑し、長次は目を細め無表情の下で考える。
 小平太は座学などはからきしだが、生き延びる上で必要な野生の勘は誰よりも冴えている。少なくとも、彼の勘が外れたところを長次は一度も見たことがない。事実、彼は何度かそれに救われてきた。
 そんな彼の直感が「だめだ」と告げたのだ。これはそれに従うべきだろう。
 ぽん、と伊作と仙蔵の肩を叩いた彼は二人に対してゆるゆると首を振った。

長「・・・・・・・・・小平太の、言う通りだ。うかつに手を、出さないほうがいい

 小平太だけでなく長次まで言うからには、しばらくは様子見にした方がいいだろう。あれは五年だが警戒するにこしたことはない。
 そう判断した仙蔵は小平太が見つめていたのと同じ場所を凝視する。

仙「雨羽銀、か・・・・」

 少し、調べてみる必要がある。



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