全力疾走
□準備+放課後=嫉妬
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「ほお、名無しさんはお姫さんの役やるんか」
「はい!なのでぜひ見にきてくださいね!」
「もちろんじゃ。ブンちゃんと一緒に応援に行くぜよ」
「本当ですか?そしたら張り切って練習しなきゃ!」
「……なんでナチュラルにうちのクラスにいんだよ」
時は秋。秋の一大イベント海原祭に向けていろんなやつらが浮き足立つ季節。それは俺も例外じゃない。
うちのクラスは鉄板のお化け屋敷をやることになって、それの準備をしてるときに名無しはやってきたわけだ。いつものことすぎて他の奴らは視線すらよこさねえ。
「ブン太くん!私頑張りますから!!」
「どうでもいいからお前は教室に戻れ」
「あ、やっぱりここにいた名無しさん!これから衣装の採寸するから戻ってこい」
名無しが俺にじりじりと希望に満ちた目で迫ってきているときに同じクラスだろう男が名無しを呼んだ。
その男に気づくと名無しは身を翻し小走りで教室の入り口に立っている男に近づき、なにやら親しげに話をしている。
ジッとその様子を見ていると視線に気付いた名無しは俺ににっこりと笑いかけてきた。
「ブン太くん、また後で来ますね!」
「はいはい」
談笑しながら帰っていく二人を見てるとなんか面白くねえ。胃の辺りがキリキリ?つうかムカムカ?よくわかんねえけど。
「ライバル出現、かのお?」
「はあ?つうか耳元やめろ気持ちわりい!」
いつの間にか俺のすぐそばに立っていた仁王は俺の耳元で息を吹き込むかのようなしゃべり方をすしやがった。
一気に鳥肌の立った俺は一足飛びに仁王から離れた。まじできもちわりい!
「名無しさんは案外人気じゃけえ。名無しさんがお前さんしか見てないからって油断しないことじゃな」
「……俺には関係ねえ」
仁王の言葉に早口で返す俺に仁王は何も言わずにため息をついて。それからは名無しの話をしてくることはなかった。
名無しもなんだかんだであれから教室に来ることはなくあっという間に放課後になった。
辺りも暗くなってきたからもう帰ろうってクラスはお開きになった。俺は仁王と帰ってたんだけど、途中で忘れ物に気付いちまった。明日提出の課題机の中に起きっぱなしだ。
「わりい仁王。俺学校戻るわ。明日の課題忘れてきた」
「プリッ。どんまい」
「うっせ。じゃあな!」
仁王と別れて薄暗くなった廊下を若干ビビりながらも、どうにか教室に来ることができた。
「お、あったあった」
この課題、誰かのを写しようがねえからな。ったくめんどくせえ。
忘れ物を取りに戻ってたら薄暗いどころか辺りはすっかり暗い。足早に下駄箱に向かってる途中、灯りのついてるクラスを見つけた。中からはボソボソと人の声が聞こえてくる。
“……おう…さ…、私を……出し…て”
“姫……お、れ…すぐ……、”
「なんだ劇の練習か?がんばってんなあ」
聞こえてくる単語の端々で誰かが劇の練習をしてんのが分かった。こんな遅くまで頑張るな。
そういえばアイツのクラスも演劇だって言ってたような。何役だっけか?聞き逃しちまったなあ。まあ仁王に聞けばいいか。
「…って別にアイツのことが気になるわけじゃねえからな!」
誰に聞かせるでもなく1人で言い訳をしてる時、不意に窓から教室の中が見えた。どんな奴が練習してるんだっていう単純な好奇心で中を覗いて次の瞬間には眼を見開いて固まった。
「……名無し?」