全力疾走
□会場+笑顔=好キノ再確認
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「俺はジャッカルとダブルスで出る。相手は検討ついてる。けど、練習死ぬほどしてきたんだ。相手が誰だろうと負けねえ」
「ブン太くん…」
私に対してやけに饒舌なブン太くんをちらりと見れば彼の手は少しだけ震えていた。緊張からなのか、はたまた武者震いなのか。私にはその答えは分からない。
分からないからこそ体が、口が、勝手に動いた。
「ブン太くん、手貸してください!」
「なんで」
「ほら早く!」
意味がわからないという表情で渋々差し出してくれた手を私は両手でありったけの力で握る。
「いてえ!!おい、いってええ!」
「ふう、こんなもんでいいかな」
なにがだよ、なんて怒る彼の手を今度は優しく包み込むように握った。この手がラケットを握る。この手で勝利を勝ち取ってくるんだ。
「私の念をありったけ注ぎ込みました」
「はあ?」
「これでブン太くんは負けません」
少しでも彼に元気を分け与えることができたらいい。その一心でにっこりと笑顔を浮かべた。彼はそんな私を見て、ため息を吐いた。
あ、また余計なことしちゃったのかな…
「まったく、お前ってお気楽な奴っつうか…」
「…ごめんなさい」
「なにらしくもなく謝ってんだよ」
ブン太くんは私の手から自分の手をするりと抜き、そのまま私の頭に置いた。
「お前にしては珍しく気が利いてんじゃん」
「え…」
「サンキュ」
グシャグシャっと髪を撫でる手はすぐに離れていった。だけど、彼の手の暖かさがほんのりと残っている。
ブン太くんに頭を撫でられるなんて初めてで。ていうかこうやって笑いかけられることも初めてかもしれない。
私はボサボサの頭に手を置いて、ただただブン太くんを見ていた。未だに笑う彼の笑顔が胸をギュッと締め付ける。
太陽に照らされて煌めく赤い髪も。
大好きなテニスを頑張ったからできたであろう掌の豆も。その笑顔も。全部全部が堪らない。
ああ、やっぱり私は…
「ブン太くんが大好き!」
「はいはい」
なんの脈絡もなく飛び出た愛の告白も聞きなれてしまったブン太くんに軽く流れてしまう。それでもいい。気持ちを受け入れてもらうことよりも伝えることの方が大切だから。
「ふふ、イチャイチャしてるところごめんね。そろそろブン太を返してもらっていいかな」
「イチャっ…幸村くん勘違いしないでくれよ!コイツとはそんなんじゃねえ!」
「そうなの?俺には随分仲がよく見えたけど」
「ーーっ、おい名無し!お前そろそろ自分の席に行けよ!」
「はいそうします!ブン太くん頑張ってきてください!」
部長さんに頭を下げて、私は自分の席に向かった。
しっかりと見ていよう。瞬き一つだってしたくない。この目を見開いてブン太くんのテニスを見ていよう。
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