全力疾走
□雨+傘=近ヅク距離
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「おい、」
「えーと、私家こっちなんです」
「ん?ああ、じゃあここまでだな。ありがとよぃ」
「ちょっとまってください!」
気まずそうに右を指差したから、じゃあここまでかと鞄を傘代わりにして走り出そうとしたら腕を思いっ切り引っ張られた。じ、地味にいてえ。
「なんだよぃ!」
「この傘ブン太くんが使ってください」
「は!?お前はどうすんだよ!」
「私は走って帰ります。大丈夫です、家近いので」
「はあ!?」
もうコイツ本当にやだ。意味が分かんねえ。そもそもこの傘コイツのだし。コイツが俺に傘渡して自分は濡れて帰るとか、メリットもクソもねえし。
「ブン太くんはテニス部のレギュラー、無くてはならない存在なんですよ。風邪でもひいたら大変じゃないですか」
「……」
「なんて、本当はただ大好きなブン太くんに風邪ひいてほしくないだけなんですけど。それじゃ!」
「あ、おい!」
言いたいことだけ言って強引に傘を渡されて。駆け足で去っていく名無しを今日だけで二度目、口が塞がらない状態で見ていたけど、傘に当たる雨の音で我に返った。
「だああ、くそっ!」
傘とアイツを見比べガシガシと頭を掻いた俺は名無しの後を追いかけた。
俺の天才的な運動神経、というか名無しとの体力の差のおかげで距離はすぐに縮まって、今度は俺が腕を掴む。
心底驚いたような顔をする名無しに少し、ほんの少しだけ笑えた。
「俺のせいで、お前が風邪ひいたらコッチだって寝覚め悪いんだよ」
「……へ?」
「……お前を家まで送ってく。そしたらお前の傘借りて家帰る。これでなんか文句あるか?」
傘借りる奴の言い方じゃねえよな。
半ばやけくそで言いはなった言葉に目を丸くする名無しを見て言い直そうかと口を開いて、その必要は無いか、と閉じた。
俺の言葉をようやく理解したのか名無しの顔が段々と綻んできたから。
「も、文句ないであります!」
「…ふんっ、」
思考回路も、行動も、言動も。コイツの考えは俺の理解の範疇を容易に超える。名無しにはいつだって狂わされっぱなしだ。
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