短編

□愛情表現
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彼がちょっと私の腕に触っただけで、ひ弱な骨が砕けた。もちろん痛かったし、悲鳴を上げそうになったけれど、グッと奥歯で食い縛り「大丈夫」と笑った。




「また、ですか」


「また、です」




紫色に腫れ、おかしな方向に曲がった腕を、メフィストに差し出しながら笑う。毎度のことですが笑い事じゃありませんよ、と彼は言った。あぁ、それにしても痛い。




「何故そんなにもアマイモンに構うのです。アレに関わるからこうして怪我が絶えないのでしょう?」


「それについてはフェレス卿には関係のないことです」




メフィストの顔が歪む。


ごめんなさい。本当は、貴方が一番関係している。でなきゃ、私がわざわざアマイモンに腕を折られる意味がない。でもそれを貴方に悟られてはいけなくて。だって真実を知ってしまったら、貴方はきっと私を見捨ててしまうでしょう。


ぶつぶつと小言をいいながらも、包帯を巻いてくれるメフィストを眺める。頭のくるんが彼の動きに合わせて揺れている。




「全く、ちゃんと話を聞いてい」




思わず折れていない腕を伸ばし、彼の髪に触れた。触れた髪は案外柔らかくて、ちょっと意外だった。




「詩音さん」


「何ですか?」




真摯な目で見つめられる。オリーブ色の綺麗な瞳。そこに私が写っていた。左頬に大きな湿布を貼った醜い私。こんなのが写しているのかと思うと、内側の醜いものも出てくるようだった。




「もうアマイモンとは会わないでいただけますか?」




困ったようにメフィストは言う。私は小さく嘲笑うように笑った。




「もし私が嫌だと言ったなら。フェレス卿、貴方は一体どうしますか?」




子供染みたことを言っているのは百も承知。ただ貴方に構ってもらいたいだけ。その綺麗な瞳で私を見て欲しいだけ。その為の小さくて大きな我が儘。人は従順な子より、少し手の掛かる子の方が可愛いと思うもの。けれど度が過ぎれば呆れられて、見向きもされなくなる。


線引きの難しい駆け引きだと、心の中で呟いてみた。




「貴女は…、アマイモンのことが好き、なのですか?」


「いいえ。彼のことは好きでも嫌いでもありません。ただそこにいるだけの存在です」




では何故、というメフィストの声が聞こえるよう。


わざわざ自分を傷付けるなんて、貴女はおかしなニンゲンですね。


ふいに、彼に言われた言葉を思い出した。そんなこと、言われなくとも私が一番理解している。私はおかしいと言うよりも、多分狂っているんだ。




「そうすることで、私は私の欲しいものが手に入れられるんです」


「欲しいもの…?」




訳が分からないとでも言いたげな顔をする。


それでいいの。貴方はいつか私を過去に置き去りにしてしまうから。私の為に悩んで困って苦しんで。私を忘れないように、ただそれだけでいいから。




「もう、帰ります。腕の手当て、ありがとうございました。また来ますね」




ニッコリと笑ってメフィストに背を向ける。まだ何か言いたげな視線が背中に突き刺さるのを感じながら、ドアに鍵を差し込んだ。





愛情表現




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