短編

□太陽布団に君と二人
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「天気のいい日は屋上に限るね」




今まで読んでいた本を放り出し、大きな欠伸をしながら溢した。ああ眠い。


もう冬だけれど、この身に降り注ぐ太陽の陽はまだ暖かい。今日は雲一つない高い青空が広がっている。ゴロゴロと転がると、すごく気持ちのいい日曜日だった。


こんなに気持ちがいいのだ、布団でも干そうか。そういえば、昔はよく祖母が干していた布団に潜り込み、日向ぼっこついでにそのまま昼寝をしたものだ。太陽の匂いがする暖かい布団が、私は世界で一番好きだったような気がする。


思い出したらもう、それをやりたくて仕方がなくなってきた。むずむずむずむず。うん、やろう。同じ寮で生活しているんだ、ついでに奥村ツインズの布団も干しといてやろう。弟の雪男は大丈夫だろうけれど、兄であるはずの燐はきっと布団の上でポテチだ何だと食べているに違いない。今は大丈夫だろうが、後々ダニが沸くのではと考えると、これは強制的に洗うところからした方がいいかもしれない。


一先ずは雪男の方に連絡をしておこう。布団を屋根に持っていくのに、二人の部屋に入らなくてはいけない。流石にこの多感なお年頃に、知っている人間とはいえ、女子に勝手に入ってもらいたくはないだろう。


因みに彼らは今、塾で合宿に行っているらしい。日曜までお勉強とは、まったくご苦労なことである。




「もしもし、雪男?あぁ、いや問題がある訳じゃないんだけど、布団を干したくて…。うん、そう。燐のは洗ってから干そうと思ってるんだけど、雪男のもシーツ洗っといた方がいい?…あ、そうなんだ。じゃあ燐のだけ洗っとくね。…うん、じゃあ勉強頑張ってね」




マイクの向こうが少し騒がしかったが、休憩時間だったのだろうか。むしろすごく外、って感じだったが…。まぁ、気分転換で外にいるのかもしれない。案外のんびりとした塾なんだろう。


さて、雪男から許可ももらったので、と作業に取り掛かる。まずは4階の私の布団を屋上に運ぶ。もちろん大きめのブルーシートを敷いた上に、だ。その後は雪男の布団を運んできて、取り敢えずはこれで終了。また二人の部屋に戻り、今度は燐の布団のシーツを剥ぎ取る。案の定何かのお菓子の食べかすがボロボロと落ちた。それを自転車に乗せて近くの男子寮まで運び、寮監督の先生に頼んで洗濯機を借りてスイッチオン。折角だからと乾燥も押しておく。燐の布団だけお日様の匂いがしないのは不公平だと思ったからだ。また後で取りに来ると言い残して自転車をこいだ。寮に戻ってきたら、燐のシーツが洗濯されるまで布団に付いていた髪の毛を全部取る。燐のは掃除機も掛けてやった。そうこうしている内に携帯の時計を見ればもうすぐでシーツの洗濯が終わる頃。再び自転車に跨がり男子寮へ。乾燥したての温かいシーツを綺麗に畳み、先生にお礼を言ってからまたペダルを回す。シワが寄らないように綺麗に綺麗に手で伸ばし、全工程完了。途端にお腹が鳴った。時計を見ればもう1時頃。お昼時だった。




「何食べよう」


「お昼ですか?」




ぼそっと呟いた言葉に帰ってきた声。びっくりして振り返ると、そこには小さな紙袋を携えたアマイモン君が立っていた。




「わ、来てたんだ。全然気付かなかった」


「ハイ。ちょうど詩音の姿が見えたので」


「ふーん、そうなんだ」




つい3ヶ月ほど前に知り合ったのだが、彼はなんでも私の通っている正十字学園のファウスト理事長の弟さんらしい。確かにちょっと変わった雰囲気とか、隈の酷いたれ目とか似ている。年が幾つかは知らないが、敬語はなくてもいいらしい。そう言った本人は何故か敬語なのだが、まったく日本語が流暢な兄弟だ。


どうやら燐とも知り合いのようだが、一度燐にアマイモン君のことを話した時に少しだけ機嫌が悪くなったところを見ると、あまり仲は良くないのかもしれない。それにしてもアマイモンという名前や、あの奇抜な髪型はいつ見ても変わっていると思う。




「詩音、どうぞ」


「もがっ」




突然口に、熱くて結構な大きさのある何かを突っ込まれた。熱さに一瞬吐き出しそうになったが、目の前にアマイモン君がいることを思い出し、必死になってそれを咀嚼する。とにかく口の中のものを小さくすることに必死になる一方で、ジッと見てくるアマイモン君と二人で立ったまま何をしているんだ、という羞恥にもう訳が判らなくなる。


大体半分ほど飲み込めた辺りで、やっとこの口の中の正体が分かった。このべったり塗られたソースの味と、青のりの香り。さらに色々な具の入ったこれは!




「美味しいですか?そのバクダン焼き」




無表情ではあるが、期待混じりの目を向けてアマイモン君が尋ねた。それにムグムグと口を動かしながら首を縦に振る。多分彼に悪気はないのだ。




「ところで詩音。これは何をしているんですか?」




やっと全部飲み込んだ時、アマイモン君がそう言って干している布団を指差した。ドイツから来たと聞いたが、向こうではこうして布団を干したりしないのだろうか?それともアマイモン君は少々世間知らずな所があるから、それで知らないのだろうか?




「あぁ、これは布団を干しているの。今日はいい天気だから昼寝も兼ねて」


「ほう…!昼寝ですか」


「うん。あ、アマイモン君もして行く?時間があったら、だけど」




そういうが早いか、大丈夫です!と元気な声で返事された。元気なのは良いことだ。




「これが私の布団だから、ここで寝てね。あっち2つは別の人のだから」




一番端っこの布団に掛け布団を被せて捲り、アマイモン君を呼ぶ。アマイモン君はサッとコートとブーツを脱ぎ、そこにごろりと横になった。それを確認して掛け布団を掛けてやると、何故か不思議そうな顔をする。え、私何か変なことした?




「詩音は?詩音は昼寝をしないのですか?」


「あぁ、なんだそれか。いや、流石に一つの布団に2人は厳しいよ。アマイモン君を蹴っちゃうかも」


「大丈夫です。ボクは気にしませんよ」


「いや、あの、私が気にするんだけど…」




なおも断ろうと、下ろしていた腰を少し上げた瞬間、布団の中から伸びてきたアマイモン君の手に腕を掴まれた。そしてそのまま布団の方に引き倒され、ズリズリと彼の腕の中に。あれ、これってどういう状況。




「詩音の匂い、ボクは好きです」


「えっ、それって体臭のことだよね?えっ、それって誉められてるの?ねぇ誉められてるの?」




しつこく問いただせば、ぎゅっと抱き締められた。燐にもよく抱きつかれるからあまりその事については気にならないが、抱き締められた時にアマイモン君の匂いがしてちょっとドキリとした。




「私もアマイモン君の匂い、好きかな。土の香りがする」


「ボクは地の王ですから」




アマイモン君は時折おかしなことを言う。いつもなら笑いながら返すのだけれど、アマイモン君の低めの体温とぽかぽかの布団にくるまれてそのまま眠りに落ちてしまった。





太陽布団に君と二人




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