短編

□死んでしまった君
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綺麗なドレスを着せても、美味しい餌を与えても、美しい贈り物を贈っても、詩音は笑わない。ただぼんやり此処ではない何処か、ボクではない誰かを見つめている。


それが気に食わなくてキスをすると、今度は無表情に涙をポロポロと溢した。それも決まって右目だけが。瞬きをする度に右目からは透明な真珠が溢れ落ちていくというのに、乾いた左目はこの世界の何ものも映さず、どこか遠いところを虚ろに眺める。




「詩音、キレーです」




ボクの出来る限りの優しい力で彼女の柔らかい頬を撫でる。やはり彼女は何も言わない。


奥村 燐や、他の人間と一緒に笑っていた彼女は、一体どこへ行ってしまったのだろう?ボクはただ彼女のあの優しい笑顔が見たいだけなのに。


優しく、優しく、壊れないように気を付けながら、彼女の唇に口付ける。最初は柔らかかった唇は、今はかさついて見る影もない。乾燥でひび割れ、薄紅色の唇に真っ赤な筋が浮かんでいた。舐めるとほんのり鉄の甘い味がした。




「詩音、どうして泣くんですか?笑ってください。ボクは君の笑っているのが好きなんです」




そっと、彼女の細い華奢な体を抱き締める。呼吸も鼓動も聴こえるのに、彼女は随分前に死んでいたのかもしれない。ポロポロと右目から涙を溢す彼女を抱き締めながら、ふと思った。


もしそうなら、殺してしまったのはボクなんだろう。


そう思うとどうしても哀しくなって、力一杯彼女の体を抱き締めた。





死んでしまった君




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