短編
□あいうぉんちゅーきす!
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「キスがしたいです」
そう言われた瞬間には口付けられていて、返事をしようとして少しだけ開いていた唇の隙間から、アマイモンの長い舌が割り込んできた。
驚いて身を引こうとすると、腰と頭の後ろに手を回され、全く逃がすつもりはないらしい。
胸を叩いて抗議を試みるが、構わずそれはどんどん深くなる。舌を絡め取られ、歯列をなぞられ、背筋がゾワリと粟立った。
このままじゃきっと流される。
ぐちゅり、とダイレクトに鼓膜に届く卑猥な音に頭の中をかき混ぜられながら、それだけはハッキリと感じた。
「アマ、…んぅ…、」
アマイモン、と名前を呼ぶことすら許してくれなくて、言葉は私の吐息もろとも彼の口に飲み込まれた。
満足に呼吸が出来ず、執拗に絡み付いてくる彼の舌に、とうとう歯を立てた。
ガリッと嫌な感触と音がして、少しやり過ぎたかも、と一瞬冷静さを取り戻す。
口の中に鉄の味が広がった。
まずはこれで解放されるだろう。そう高をくくっていたのに、放すどころか更に深くなる。
酸欠で頭がぼぅっとし始め、飲み込めなかった唾液が口の端から垂れていくのが分かった。
くぐもった自分の声と、ツンとする鉄の臭いと、鼓膜を犯す音がぐちゃぐちゃになって思考を掻き乱す。
もう限界だと意識を手放しかけた瞬間、突然アマイモンが唇を放した。
途端に酸素が肺に満ち、危険信号を発していた脳にも酸素が行き渡ったのか、思考がハッキリとしてくる。長く酸欠状態だったからか、まるで全力疾走でもした後かのように息が上がっていた。
「大丈夫ですか?」
私はこんな有り様だというのに、ケロリとして息一つ乱していないアマイモンに腹が立つ。
「大丈夫そうに見える?」
「イイエ、見えません」
大体息が整ってから言った言葉にあっさり返ってきた彼の返事へ、更なる怒りが募る。
こっちはもう少しで、窒息死するところだったんですが。
口元の唾液を手の甲で拭う。てらてらとしたその中には若干の赤色が混ざっていて、すぐに罪悪感が沸き上がった。
「ごめん、舌、結構強く噛んじゃった」
いくら正当防衛とは言え、あれはちょっとやり過ぎた。
下手をすれば彼の舌を噛み切っていたかもしれない。
そう思うと、一気に気分が沈み込む。
「大丈夫ですよ。むしろ血の匂いでコーフンしました」
「うん。あんたはそういう空気を読まない子だったね」
そこは「大丈夫ですよ」で止めておくものでしょうが。
「あぁ、でも詩音が気になるって言うのなら、お詫びにキスをさせてください」
「えっ」
またほんのり鉄の味がした。
あいうぉんちゅーきす!
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