短編
□刹那の世界
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詩音、と名前を呼ばれたのと同時に腕を引かれ、あっ、と思った時、世界の秒針が緩やかに時を刻む。その瞬間を確かに感じていた私の目の前には、アマイモンの顔があった。
眠たげに開かれた瞳の下には、深く隈が刻み込まれていて、肌色も心なしか悪いように見える。
まぁ、悪魔だし仕方ないのかな、とその目を見つめながら思った。
ゆっくりと近付いてくるように見えて、きっとたった一瞬の時間の流れに私たちはいる。
ギュッと、あたかも逃がさないぞと言うかのように掴まれた腕は、けれど全く痛みなどない。
案外自分は彼に大切に扱われているのかも。と、自惚れてみた。
ゆっくりと近付くアマイモンの顔と、ゆっくり倒れていく私の体。
あともう少しで爪先が浮いてしまう。
危ない、と思いながらも、きっと大丈夫、と思う自分がいて、私も彼を随分信頼しているんだな、と少し擽ったくなる。
どんどん近付く顔と、どんどん落ちる体。
足が浮いたと感じたら、次は腰の辺りに支えを感じて。やっぱり大丈夫だった、と心の中で呟いてみせる。
あとはもう堕ちていくだけ。
ポソリと呟いた。
その瞬間、世界は元のリズムで時を刻み、私の唇と彼の唇が重なった。
刹那の世界
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