短編

□生きた死人から見た悪魔
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生きとし生けるものはいつか必ず死ぬ。


それは確かなこの世界の摂理。


神が創りたもうた絶対の規則。


例え如何なことがあっても、破ることも、冒すことも決して赦されない。それは絶対の領域。


今更、そんなものに抗うつもりは毛頭なかった。


だって私は、もうとっくに死んでしまっているのだから。




「詩音」




ふと、男の声がした。それから布の擦れるような音も。私は瞬きもせずにじっと天井を眺める。


人間の寿命は長くて100年ちょっと。短ければ生まれてすぐ潰えてしまうような、脆弱な生き物。


人は死ぬ。だから私も死ぬ。そして死んだと思っていた。


けれど私は考えている。考えている限り、人は死なないと言う言葉を、以前聞いたことがあった。


心臓は動いていない。止めたのは私の名を呼んだこの男。


まぁ、今となってはもうどうでもいいことなので置いておく。


とにかく今の私の状態は、"死んでいる"のか"生きている"のか。


私は死体初心者なので分からないが、もしかするとこれが普通なのかもしれない。


体は動かせない。首も回らない。瞬きすら出来やしない。ただ目の前の光景を眺め続ける。


これが"死んでいる"状態なのだろうか。


それとも悪魔か何かが、私に取り憑いているのかもしれない。




「詩音、」




また男の声が聞こえたと思ったら、視界から天井が消えた。その代わりに、私の服を来ていない裸の体が見えた。血の通っていない肌は、私の記憶していたものより白い。


先程聞こえた布を擦るようなあの音は、私の服が男によって脱がされる音だったのか。


胸の真ん中のあたりには、乾いた血が茶色くなってこびりついている。すぐに、男に抱き上げられたと気づいた。




「詩音、綺麗です」




そう、ありがとう。と言ってやりたいのに、体が動かせないのでは何にも話せない。ただ無表情に自分の体を見下ろした。




「詩音はどんな服が好みですか?ボクは君の制服しか見たことがないので、君が普段どんなものを着ているのか分かりません」




男はそう言うと私の唇に自分のそれをくっつけた。けれど視覚と聴覚以外の全ての感覚が消えてしまったわたしには、何にも感じ取れない。ただ、キスをされているのだ、ということだけは分かった。


暫くして、男が顔を離した。それから私に一着の服を見せる。


否、服と言うよりそれは、どちらかと言うと所謂ウェディングドレスと言うもののようだ。ただ純白の筈のそれは、純白から酷く掛け離れた漆黒色だったけれど。




「詩音の肌は雪のように真っ白なので、きっとこっちの方がよく似合うと思ったんです。だからこれを着せてあげます」




そう言うと、男は爪の尖った指で丁寧にドレスを私に着せていく。まるでドールみたい、と頭の中でもなく、胸の内でもなく、小さく思考の隅で呟いた。




「詩音、ヒトは脆いので簡単に壊れます」




服を着せ終えた男が、私の顔を見つめながらぽつりと溢した。


私はただじっと男の顔を眺めながら、その続きに耳を傾ける。




「壊れなくても、いつか老いて、死んで、腐っていきます。最後に残った骨も、そのうち風化していってしまうでしょう」




そこで一度言葉を区切り、男は私の冷たい体を抱き寄せた。視界から男の顔が消える。




「だから朽ちてしまう前に、ボクが優しく君に、罅ーひびーを入れてあげたんです。これで君は壊れないでしょう。これで君は朽ちたりしないでしょう。死んでしまうのはどうにも出来ませんが、まぁそれは仕方ありません」




ぎしり。体のどこかが軋むような音がした。




「君はずっと、ボクと共に在ーあーってください」




体を離して、今度はまたキスをする。


こんな死体に、こんなにも優しくキスをするこの男は、もしかして寂しがり屋なのだろうかとふと思った。





生きた死人から見た悪魔


死人…しびと

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