短編
□だからボクは君が好きで
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以前兄上からの命令で、ある人間の一家を殺したことがあった。何故彼らを殺さねばならなかったのか、ボクには分からない。
夜中に家に侵入して、寝ている男を爪で一突き。男は小さく呻き声を上げただけで、そのまますぐに絶命してしまった。つまらない、そう思ったのを覚えている。
その足で隣の部屋の人間を殺そうと思って壁を突き破り、すぐそこで何かに覆い被さるように蹲っていた女も、先程の男同様に心臓を抉る。女は男よりもいい声で悲鳴を上げて、だけどなかなか死なない。
「ぉかあ、さん…」
女の腕の中で何かが動いた。
その瞬間、女は動かなくなり、ドサリと蹲ったまま倒れ込んだ。
女の腕の中には、母親の血で真っ赤に濡れて泣いている子供がいた。
その光景はあまりにも美しくて、泣きながらもボクを睨む彼女に心を奪われた。
「ころしてやる」
幼い唇から溢れ落ちる憎悪の言葉すら、まるで甘いお菓子のようで。この小さな少女の全てが欲しくなった。
けれど子供には手を出さないよう兄上にきつく言い渡されていたので、白い柔肌に触れることすら出来ずに帰ってきた。
それからずっとあの子供が気になって、そしてある日運命は廻-めぐ-ってきた。
「殺してやる」
ほんの数年前、目の前の女がまだ少女と呼べる子供だった頃、舌っ足らずに言われた言葉を噛み締める。
あぁ、あの時の欲しくて欲しくて仕方がなくて、だけど触れられなかった彼女がボクだけを見ている。
それだけでゾクゾクとした快感が背筋を走った。彼女がボクを憎めば憎むほど、ボクの中の彼女へ対する支配欲が満たされていくのがよく分かる。
聞けば彼女は、ボクを殺すためだけに祓魔師を目指したのだそうだ。
「ボクは君のことが好きですよ」
彼女がボクへ向けて突き出したダガーを弾き飛ばし、その細い体を押さえ付けて言う。
彼女の瞳はあの時と何一つ変わらずに、ただひたすらにボクを憎悪していた。
それを更に歪ませてみたくて、更にボクしか見えないようにしたくて。だからボクは言う。君が好きです、と。
だから君はボクが嫌いで
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