短編

□自己愛という名の犠牲愛
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「私のただひとつの愛情は、友人を愛する自分に向けられるの」




変わったことを言う人間もいるものだ。と、その言葉を聞いてそう思ったのをよく覚えている。


彼女の名前は言葉 詩音。祓魔塾に通う以外は至って普通の女子高生。くるりと緩やかなウェーブの栗色の髪がよく似合う。最近の悩みは少し太ってきたことらしい。鐘の屋根に腰を下ろし、ボクを見上げている。


代わってボクの名前はアマイモン。八候王のうちの一人である地の王、つまり簡単に言うなら悪魔の王様。頭のとんがりはチャームポイント。最近の悩みは、兄上に怒られることが増えてきたこと。クスリと笑う彼女を見下ろした。


何故悪魔と、仮にも祓魔師を志す者がこうも会話をしているのかは、話すと少し長くなるので置いておく。




「それはおかしいです。それでは、貴女の愛は友人に向けるものと、自分に向けるものと、二つあることになります。ただひとつの愛情を自分に注ぐなんて、出来っこないじゃないですか」




ボクが首を傾げて反論すると、彼女は愉しそうに笑って答えた。ごぅ、と夜の空を飛ぶ飛行機のエンジンの音が聞こえる。




「いいえ、私の愛情はひとつしかないわ。確かに友人を愛する、とは言ったけれど、それは"love"ではなく"like"だから」




つまり、私が愛する私は、友人を第一に好きだと断言出来る私なのよ、と笑いながら言った。


小難しい話はあまり好きじゃない。今だって、彼女の言葉の意味を処理し切るのに頭が破裂しそう。


ゆっくりとその言葉達を噛み砕き、飲み込んで、やっとなんとなく理解した。なんとなく、だけれど。




「まだ意味が解らない?」


「ええ、そうですね。貴女の話はボクには少し難しいです」




いまだに首を傾げているボクに気付いた彼女の、苦笑い混じりの問い掛けに素直に答える。んー、と少し唸ってから、彼女はもう一度口を開いた。チロリ、柔らかそうな唇の間から、赤くて小さな舌が見えた。時折無性にそれにかじり付きたくなる。勿論、兄上に怒られるから我慢する。




「例えば、私とアマイモンが毒のせいで瀕死に陥るとするでしょ」


「…あの、ボクに毒の類いは効きませんが」


「"例え話"だから、ちょっとだけ大人しく聞いていてくれない?」




はい、と答えると、彼女はコホンとひとつ咳払いをし、話を続けた。




「で、目の前にはその毒を解毒できる薬がひとつあって、言わずもがな助かるのはどちらか一人。けれど私は迷わずアマイモンに、貴方にそれを譲るわ」




どうしてだか分かる?と、彼女はボクの顔を見上げて尋ねる。当然意味が分からないので、分かりませんと答えた。すると、優しそうな笑顔を浮かべて、彼女は答えを言った。




「私はアマイモンを愛している自分を愛しているから、自分への愛を貫くために、アマイモンを助けるのよ」




それを人は、"犠牲愛"だと言うんです。


次の夜に、鋭い爪で引き裂かれて絶命した、真っ赤な彼女に向かって呟いた。





自己愛という名の犠牲愛




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