長編
□ぼやけた視界いっぱいの。穢れた青。
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「シオン、お腹が空きました」
やっと唇を放したかと思ったら、今度はそんなことを言った。
さっきまでお菓子を食べていたんじゃないのか。我が儘も大概にしろ。
言うだけ言って上から退こうとしないアマイモンを見上げる。無表情なその顔に苛立ちが込み上がった。
その顔を視界から消すように目を閉じる。
「そういうことは私にじゃなくてメフィストに言って」
「イエ、ボクはシオンが食べたいんです」
「は、?」
実に間抜けな声が出た。閉じていた目を開けて、もう一度アマイモンを見上げる。
ギシリと音がしたかと思えば、彼の手が私の頬に触れた。
随分冷たい掌に少し身を捩る。体を動かした拍子に彼の鋭い爪が肌を掠ったのか、ピリリとした痛みが頬に走った。
暫くして血が出たのが分かった。ドクドクとそこが脈打つ。アマイモンはそれをただ見つめていた。
「アマイモン?」
様子のおかしい彼の名前を呼んだのと、ほぼ同時に傷口を舐められた。また小さな痛みが走る。
「あまい」
ポツリと呟かれる。と、そのままスルスルと顔を首筋に持ってきた。
「シオンは美味しそうな匂いがしますね。かじっても良いですか?」
「駄目に決まってるでしょ」
「少しだけです」
「少しでも駄目なもんは駄目」
「痛くしません」
「噛みつかれた時点で大分痛いと思うけど」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃない」
「かじるだけです」
「…喰い千切るでしょ」
「じゃあ甘咬みで我慢します」
喰い千切るつもりだったのか。
ふぅ、と一つ息を吐き出し、首を少し右に傾ける。どこかで譲歩しなければ、本気で噛み付かれると思った。
露ーあらわーになった首筋をアマイモンが少しだけ舐める。ゾクリとした感覚が這い上がって気持ち悪い。
反射的にシーツを握り締めた。
「…イタダキマス」
ガブリ、と肌に牙を立てられたのがよく分かった。
ジリジリ噛み付かれた所が熱い。さっきとは比にならないほど脈を打っている。
「うぁ…」
ブツンと嫌な音が聞こえた。激痛が走る。
"甘咬み"じゃなかったのか、この野郎。
暴れようと腕に力をいれる。するとそれに気付いたのか、両腕ともベッドに押さえ付けられた。足を振り上げようにも、しっかりアマイモンの足に挟まれていては動かしようがない。
ズルズル血を啜る音が聞こえてきた。傷口が塞がらないように牙を突き立てたままなのか、鈍い痛みと鋭い痛みがいっしょくたになって押し寄せる。
「アマイ、モン」
名前を呼んでみるが、聞こえているのかいないのか分からない。痛みと失血で目の前がチカチカする。
段々痛みを感じなくなり、思考がぼやけてきた。
あ、やばい。と思った瞬間、腹の奥から何かが湧き出したような感覚がした。
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