長編
□落ちる沈黙。突き刺さる視線。
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遠くで誰かが叫んでいるような、怒っているような声がして、私の意識はゆっくりと浮上していった。
今まで閉じていた目を開くと、まず最初に見えたのは、見知らぬ天井。白に所々細やかな彩飾が施され、"絢爛豪華"とまではいかないが、そこそこに値の張りそうな雰囲気を醸し出していた。
どこだ、ここ。
ぼんやりする頭で、ぼんやりと天井を眺めながら呟いた。
体を起こそうとして、腕や肩、腹に力を入れた瞬間、急に動かしたせいか、身体中に激痛が走った。息が詰まり、ボスリと元のように仰向けに転がる。
そういえば、そうだった。
アマイモンに"遊ば"れたことを思い出す。
天井のキラキラとした輝きが目に刺さり、眩しくて仕方がなかった。
私は、一体どうなったんだろう。
辛うじてあまり痛みのない首を動かし、見える範囲をグルリと見渡す。どうやら私はベッドに寝かされているらしく、床よりも高い位置に視点があった。
部屋はそれなりに広く、見える限りではよく分からなかったが、綺麗なタンスや本棚が見えた。恐らくは、普段からこの部屋を使用する誰かがいるのだろう。
ベッドの横には、私の大切な物が乗った小さな棚があった。手を伸ばせば掴める距離だ。
私の右手にある窓の外はまだ暗く、身体中の怪我の痛み方から、意識を失って然程時間は経っていないらしい。
誰がしてくれたのかは分からないが、丁寧に巻かれた包帯を眺め、小さく息を吐-つ-く。スンと匂いを嗅ぐと、薬品独特の鼻を刺すような匂いがした。
「おや、ようやく目が覚めたようですね☆」
突然ドアが開き、まるで話で聞いたピエロのような風貌の、白いスーツ姿の男が入ってきた。知らない顔だが、僅かにアマイモンの土の香りがしており、恐らくコイツはアマイモンと関係のある奴なんだろう。
もしそうなら、と身体中が激しく痛むのを押し殺し、平然を装って上体を起こす。窓からそれほど離れていないこの位置なら、棚の上の物を取り、そこから逃げることが出来るだろう。
「私はヨハン・ファウスト5世。ここ、正十字学園の理事長を務めさせていただいております」
「せい、じゅうじがく、えん」
男は右手を胸に添え、恭しく頭を下げた。
ヨハン・ファウスト5世という、中世の貴族のような名前に覚えはなかったが、男の言う正十字学園はよく知っていた。
なんでも名門校らしく、学園そのものが都市のようになっているとか。さらに、私の大嫌いな祓魔師の組織も一枚噛んでいるとも聞いたことがあり、あまり快く思っていない場所だ。
さて、どうしたものか。
男を見据え、思考を巡らせる。
そっと包帯を撫でた。アマイモンに受けた傷を治療されていることや、そのアマイモンと何らかの関係があるであろうことから、私は知られたくないことを知られたかもしれない。
そう考えると、あまり下手に動けない。
「ところでお嬢さん。二、三聞きたいことがあるのですが、宜しいですかな?」
ニコリと優しげな笑顔。けれど、目は全く笑ってなどいない。
男の威圧的なそれに、背筋がぞくりとする。
「私に答えられることなら」
「なに、簡単な質問ですよ」
さて、どうしたものか。
本日二度目の言葉を思い描いた。
「貴女は、悪魔ですね?」
疑問系のようで、実のところ断定を臭わせる言い方。それについてはほぼ確かな確信を持っているらしい。
子供を宥めすかすかのようなその声に、全てを見透かすようなそのオリーブの瞳に気圧される。
男の口調は至って穏やか。だからこそ、図り知れぬ何かがそこに潜んでいるのが手に取るように分かり、生唾を飲むことさえ躊躇われた。
正直に答えるべきか、隙を見て逃げ出すべきか。
沈黙が耳に痛かった。
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