頂き物

□自殺詐欺師
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後ろから抱き締められながら耳元でまたこいつの理想論を聞く。

自殺詐欺者の、理想論を。








「ねぇ詩音、ボクが死んだらホルマリン漬けにして欲しいんです。あの卑しい自己愛に満ちたホルムアルデヒド水溶液にボクを浸して毎朝毎晩愛してるって囁いて硝子越しに口付けましょう。君の表情を見たいから瞳は薄く開けまま死にますね?、だから君の顔が濁って見えなくならないようにメタノールを忘れないで下さいね?、ボクが今まさに息絶えようとしたらこの水面に沈めて遮断して。溺死して逝くボクを見詰めて。どうか哂って。そしてもし君がこの世に飽きたなら、この海に来て下さいよ。そしてボクを抱きしめて唇を重ね合って君も同じ様に溺れ死んでほうらきっと美しい。眩暈がするほどに。そして同じ色の夢をみて、硝子棺が砕けるまで揺蕩っていましょうよ、独りは寂しいから。 ね?、」




よくも、まぁ、こんな言葉を平然と吐き出せるものだ。
悪魔は人を口説くのがどうやら好きらしい。え?あぁ、上でアマイモンが言っている言葉はそういう人から言ったら口説き文句なの。
そう、たとえば、狂愛思考の人。またはヤンデレ。多分アマイモンもヤンデレ…いや狂愛思考の生き物だろう。
(狂愛思考とヤンデレは全く違う。ヤンデレはまだ甘い所があるけど狂愛思考は容赦がなく厄介だ。簡単に言うならば狂愛思考の生き物は残酷だが愛が強い。ヤンデレの生き物は甘いがそこまでの愛は求められずに薄い。)

普段から、「貴女の眼球抉らせて下さい。」や「貴女の心臓を食べたいです。」や「腹を切り裂いて、貴女の子宮で眠りたい。」やら、グロいのが苦手な人から言ったら第一引くであろうという言葉をつらつらと並べるのがこいつ。
狂愛思考の生き物からしたらこの言葉達は最高の愛情表現、プロポーズと言っても過言では無いだろう。


そんな言葉を彼からいつもいつも、毎日毎日毎日、毎朝毎昼毎晩、言われている私だが別に特別嬉しいというわけでもない。
だからと言って嫌な気もしない。微妙な所だ。
(お前はアマイモンが好きかと聞かれたらどちらでもないと答えるだろう。だって特別好きでもないし嫌いでもない。)




そして私はいつもの様に理想論を聞かされるが矛盾があるのではないかと、今日初めて気付いた。



『ねぇ、アマイモン、』


くるりとアマイモンの腕の中で身体の向きを変えれば彼の顔に自分の顔を寄せてみる。

いつもいつも聞くだけだった私が問い掛けたせいか彼は驚いた表情を浮かべていたが心なしか表情を明らめて答えた。


「ハイ、なんですか?、ついに受け入れて下さると?」



緩く口角を上げながら私の腰に腕を回してくる。
そうとうアマイモンは機嫌が良いらしい。そんなに私にホルマリン漬けにされたいのだろうか。不思議だ。




『アマイモンは矛盾してるよ。だってアンタが毎日言ってくれる様な言葉からしたらアンタが先に死んで私がアンタをホルマリン漬けにする事になるでしょう?、でも私は人間でアンタは悪魔、しかも王様。どう見積もっても私が先に死ぬしアンタが自殺するって言っても悪魔は自分からは命は絶てないんでしょう?、先に死ぬ人間になんで自分の死後の事を頼むの。可笑しいでしょう?、』

顔を近付けたまま問い掛ければ平然と笑ったまま首を傾げる彼。

「何の事ですか?、」



うっわ、こいつ良くもまぁ白々と。
そんな口が切り裂けそうなくらいに口角を上げて笑われても説得力が全くない。


口では何の事かと不思議そうにするも顔では
「あぁ、バレましたか。」
と、言わんばかりだ。


こいつってやっぱりあの道化師みたいなメフィストと兄弟なんだな、ってしみじみ思う。
こいつはペテン師とかそんな生温いものじゃない。真性の詐欺師だ。



『兄弟揃って白々しい嘘と顔をするのがよくお似合いな事で。』



皮肉を籠めて鼻で笑いながら言ってやった。全く本当に白々しい、隠そうともせずに顔で認めるなんて、ねぇ。





「兄上と一緒にしないで下さい、彼奴はただのピエロですよ。」

『ならアンタはただの詐欺師ね。』


可笑しげにクスクスと笑いながら首を傾げたら彼は不満げな表情を浮かべた。

腰に回された手に力が籠められたと思ったら近くにあったソファーベッドに押し倒された。

きょとん、としているとアマイモンがいつものポーカーフェイスな表情を崩して軽く眉を寄せて切なそうに此方を見詰めて、見下ろしてくる。

そんなアマイモンの顔になんだか私まで切なくなって彼の頬を包み込む様に手を添えて撫でた。だって今にでも泣き出してしまうのではないかと言わんばかり表情を崩していたから。




『アマイモン、どうしたの?、』

「…ボクは、怖いんです。」

『…怖い?』

「はい、貴女がボクより先に死んでしまう事が恐ろしくてたまらないのです。貴女は人間だ。命短く悪魔の暇潰しの道具、玩具として使われる事が多いただの人形だ。そんな人間にボクは恋をした。愛した。貴女が好きで好きで好きでたまらない。ずっと傍に居てほしい。なのに貴女はボクより先に、短い間しか生きずに死んでしまう。ボクは絶望しましたし悲しくなりました。何度も何度も何度も貴女を生き長らえさせようとしましたが出来ません。だって貴女を悪魔にするしか方法が無いんです。だから兄上に聞いたんです、そうしたらこう聞きました、"人間は何かの目的を持っていれば通常の生き物より長く長く生きる。"と。だからボクは考えました。なら詩音にボクの死後の事を頼めばボクと一緒に生きてくれるのではないかと。だってボクはこの先も気が遠くなる程生きていかなければならない、もしかしたらこの世の終わりまで生きなければならないのかもしれない。そんな長い時間を貴女無しでどう生きていけば良いのです。…貴女が居ないと嫌だ、貴女が死ぬならボクも死にたい。でも死ねない、例えこの心臓を抉り出したってこれはボクの身体じゃない、悪魔の時のボクには心臓が無いから心臓を抉って死のうとしても死ねない。だから一緒にいるには貴女がボクと一緒に生きてくれるしか選択肢が無い。だからお願いです、ボクの死後まで生きて下さい、どうか傍に。傍に居て下さい。お願いです、ボクを独りにしないで、置いていかないで下さい。」



朗読をするかの様に語り出すアマイモンの言葉に耳を傾けながら言い終わって心のつっかえをとったかの様に私の上に崩れ落ちて首筋に顔を埋める彼の頭を優しく撫でた。


成程、こいつが詐欺師になって嘘を付いたのは私に生きてほしかったからか。素直に言えば良いのに、全くこいつは不器用というか素直じゃないというか。






『ごめん、いくらなんでもそんなには生きれないんだよ。私は弱くて命が短い人間だから、さ。』

「っ…」



事実は事実、ここで嘘を付いてわかったと言ってしまえば私が死んだ時に彼を絶望させて余計にドン底に落としてしまうだけ。
アマイモンの頭を撫でながら耳元でぽつぽつと呟けば表情は見えないけどきっと泣いている。
首筋に生温い液体がぽつぽつと落ちていく。アマイモンが泣くなんて思ってもいなかったからちょっと焦った。
悪魔も涙を流すんだ、知らなかったなぁ。

ぎゅううとめいいっぱいアマイモンを抱き締めたら彼も抱き締め返してくれる。



『アマイモン…、』

「詩音、詩音、詩音…お願いです、お願いです。置いていかないで下さい、お願い、お願い、お願い、お願い、だ…。」


だんだん小さくなっていくアマイモンの懇願の言葉が胸に深く突き刺さる。

アマイモン、貴方は人一倍弱かったんだね。知らなかったよ。




『ねぇ、アマイモン。』

「…なんですか、」

『簡単な話じゃない?、』

「…簡単、とは?、」

『私を悪魔にしちゃえば、良いんじゃないかな。』

「………え、」


ばっと顔を上げて驚いた様に目を丸くするアマイモンの表情に可笑しくなって軽く噴いた。

涙をぽろぽろと流したままアマイモンが私を見詰めてくる。
あぁ、信じられないのか、しょうがない。



『だから、アマイモンが私を悪魔にしちゃえば全部丸く収まるでしょう?、』

「…駄目ですよ、悪魔にだけは駄目なんです。だって貴女は汚い悪魔になるべき人じゃないんです。悪魔だけは本当に駄目なんです…。貴女が欲を欲して黒くなっていく姿なんてとてもじゃありませんが見れない。」

『欲?、欲ってどんな欲?、』

「性欲、食欲、…なんでも、欲しいと思えば欲です。」

『ふぅん…あー、わかった。私が他の男とか誘ったりしたら嫌とかー?、』



ニヤニヤと笑ってからかう様に首を傾げればいきなり無表情になるアマイモンにびくっと肩を揺らして驚いた。
怖い、怖すぎるよアマイモン。冗談だから冗談。と言おうとしたら、


「そんな事したら、その男を殺してしまいますよ。」


と、唇を塞がれた。



『だ、だから冗談…んむ、』

「んー…、」



ちゅっ、ちゅっと口付けて来て話を全く聞く気配が無いから呆れた様に一つ溜め息をつく。

アマイモンの頬を無理矢理押して唇を離させれば不機嫌そうな表情が視界に入った。しょうがないじゃない、こっちだって言いたい事があるのよ。少しくらい聞きなさい馬鹿。



『アマイモン、良い?よく聞いて。』

「…なんですか、」

『悪魔になったからって欲にまみれるとも限らない、私は元から欲はあまり無いから大丈夫だと思うの。悪魔になったって大丈夫、それに貴方の傍に居れば丸く収まる話でしょう?王様の愛人にしろ側室にしろ、貴方がいるんだから最高じゃない。だから私を悪魔にして。』

「……ボクに正室なんていませんし、貴女が正室じゃないと嫌です。というか貴女以外に興味なんて無いので側室なんていりません。」

『あら、それはどうも。』



ゆるりと口角を上げれば少し拗ねた様な表情をするアマイモンに可笑しくなった。
ふふ、知ってるわよ。貴方は一途だものね。



「…本当に、悪魔になっても良いのですね?、」

『えぇ、良いわよ。』

「…なら、血の契約をしましょう。」

『血の契約?、』

「はい、貴女の血をボクが飲んで、ボクの血を貴女が飲むんです。」

『あら素敵。』



がりっと自分の指を噛んで血が溢れだす指を彼の口に突っ込んだら「早すぎます、」と言いながらもごくごくと喉が動いてる。
彼も自分の指を噛んで自らの口に指を入れて血を吸い出す。
その唇が私の唇に触れた時、彼の血が私の喉を通った。ただの甘い液体にしか感じられない私は可笑しいのだろうか。

そして次の瞬間、違和感に気付き自分の腰元にある尻尾にアレで本当に悪魔になれるんだと驚いた。




















詐欺師にまんまと騙された

(これで貴女は永遠の命を手に入れた。ずっとずっと一緒です。)


心底嬉しそうに笑う彼が、とても愛おしい。



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素敵サイトの へ ん た い。 様から頂きました。

こんな新米サイトとリンクしてくださり、もう言葉に言い表せません。

秘密さん、ありがとうございます!


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