短編
□鈍感
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『おーい、サボー!』
無邪気におれの名前を呼ぶ彼女、名無し。こいつは世界で一番鈍感だ。
鈍感。
彼女と言っても、恋人としての彼女って訳じゃなくて、女を意味する方。おれと名無しは普通の友達だ。
ただ恋人の彼女であって欲しいっていうのはおれの小さな望みだった。
「名無し、今日一緒に帰ろうか」
『あ、私も言おうとしてたのに』
と言うか毎日一緒に帰ってるんだけどね、と笑いながら付け加えてくる名無し。
名無しとは学校の中では仲が良い方だ。よく学校帰りに遊びに行ったりもする。
友達以上、恋人未満。おれ達の関係はそんなもんだ。
そんな中、おれの小さなアピールは毎日続く訳で。
言わなくとも名無しは世界で一番と言っていいほど鈍感だ。おれが気持ちを伝えない限り、多分名無しが気付くことは一生ないだろう。
『サボー。これとこれ、どっちが可愛い?』
「や、男のおれに言われても」
『えー。悩むなー…』
2つのネックレスを眺め、悩む名無し。この光景を見ると、不思議と胸が痛んだ。
もし名無しに彼氏が出来たら、今名無しの隣にいるおれ立場が彼氏になるんだろうな…。
「名無しさ、好きな奴とかいないの?」
『…何、急に』
「やー…っと、…早く彼氏つくれよな!いつまでもおれがいても可笑しいだろ?」
無理に軽く笑う。何言ってんだろ。
名無しの方に目を向けると驚いた。
名無しは今にも泣き出しそうな顔で、おれを睨み付けてた。
『ばか』
「っ、ど…どうした?」
『別に可笑しくないもん…』
「…え?」
ぐっ、と涙を堪えてる名無し。そんな顔で睨み付けられても…。
言ってる意味が分からなくて、?を浮かべるおれに名無しがさらに睨み付け、震えた声で話し始めた。
『サボが隣にいて、可笑しいことなんて何もない!』
「っ、」
ほら、これだから鈍感は困る。
いくら相手が何も思ってなくても、好きな人にこんな言葉言われたら苦しくなる。嬉しいような悲しいような…色々複雑だ。
「…わかった悪かったよ…。」
ぐずっ、と泣きべそをかく名無しに仕方なくそう言った。
「ずっと友達だから…、な?」
自分で言っておきながら悲しくてしょうがなかった。心臓が痛い。今すぐ気持ちを伝えたいのに、無理して笑う自分が腹立つ。
けどこれで名無しの隣にずっといれるなら、友達で良かった。
『っ、ばか!!!』
「って!」
ゴツ!と音をたて頭を押さえるおれ。名無しが殴ったのだ。いつも暴力は振るわれてるものの、今日は本気で殴った。
名無しに目をやるとさらに涙を浮かべてた。
頭に?を浮かべる事しかできないおれ。
『サボの鈍感!バカ!もう嫌い!!』
「っ、」
『…私が好きなのは、サボなのに…』
「…え?」
今、なんて言った?
名無しを見ると顔を真っ赤にして泣いていた。
どう言うことか分からず、頭が混乱するおれを、名無しはまた睨み付けた。
『けどもう知らない!バカ!サボのハゲ!バイバイ!』
そう言ってその場を走り去ろうとする名無し。好きってのは、つまり…恋愛感情として、だろうか。
思わず名無しの手を掴み抱き寄せた。
『っ、』
「やばい…。すっげー嬉しい」
『…私を振り回して?』
「バッカ違う。おれも、名無しの事好きだったから…」
『…友達として?』
「いい加減にしろよ」
そう言って二人で笑い合った。
おれも君も鈍感。
(て言うかお前、ハゲって…)
(え、えへへ…)
(パンチも痛かったんだけど)
(ははっ…。すいませ…)