SAO雑記.
□天狼_01
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──…っ、ここは何処だ…
気が付くと見覚えのない場所にいた。周りを見渡すと一面の夜空が広がっており、足元には美しい"氷"の青薔薇が咲き乱れている。建物はおろか、人影一つない。
不意に、意識を失う直前の出来事が生々しく頭の中に映像となって流れ込んでくる。
俺はあの時、確かに死んだ。
「…ぁ、あああぁぁっ…‼」
何故ここに存在しているのか、そんなことなど瑣末だとでもいうのか、悚然とした気持ちに苛まれ、瞼の奥から涙が止めどなく溢れる。
『キリト───────』
聞こえるはずのない声が聞こえた。紛うことなきその声の主を求めるように、1歩、また1歩と覚束無い足取りで声の聞こえた方へと向かう。
そこには、無数に咲いている青薔薇の中でも不思議な光を纏った青薔薇が1輪、周りを照らすように咲き誇っていた。
その場にしゃがみ込み、吸い込まれるかの如く俺はその花に魅入った。
「ユージオ…」
無意識にその名を呼んでいた。この花がユージオ?そんな訳ないと頭では分かっているが、そう思わずにはいられなかった。
すると間もないうちにその花は輝きを強め、直視出来ずに顔を腕で遮った。
「…何が起こってるんだ…」
かろうじて目を下に向けると人の足のようなものが見えた。
先ほどよりも光が弱まり、状況を確認しようと腕を下ろした。
そこには仄かな光に包まれ、切なそうな笑顔を浮かべた俺の大切な人が確かに存在していた。
呆然と佇んでいると、その人が先に言葉を紡いだ。
『…キリト、そっか…君も…』
ユージオのフラクトライトは消えてしまったのではなかったのか?
でも確かにここにいるのだ。
「…ユージオ…俺、何一つ守れなかった…。
ごめん…ごめん…っ」
今となっては無意味でしかない、謝罪の言葉。
その言葉にユージオは深く頭を振る。
『僕は君がいたから強くなれた。…君が、傍にいてくれたから。2年前、ギガスシダーの下で君に出会えたことは運命だったんだよ。アリスを失って落ち込んでいたけれど、そんな気持ちを忘れるくらい、君と過ごした時間は幸せだったんだ。だから、充分だよ』
そう言ってユージオは微笑んだ。
「俺も…お前と出会えて幸せだった。もう、分かっているだろうけど、俺はこの世界の人間じゃない。初めて会った時、記憶がないって言ったよな?本当は違うんだ。《向こう側》の記憶はあったんだよ。気が付いたら、森の中にいて、ここが何処かも分からなかった。最初は凄く心細かったけど、お前が…ユージオがいたから毎日が楽しかった…」
ユージオがいなかったら、と頭の中で考えたこともあった。
彼がいなければ俺は、《セントラル・カセドラル》に辿り着く前に心が折れていたに違いない。
『その…《向こう側》っていうのはきっと、僕の知らない場所なんだね…。僕、君がいなくなるのが恐くて仕方がなかったんだよ。…おかしいよね。そんな僕の方が君の前から消えて、悲しませてしまうなんて』
顔を伏せ、今にでも泣き出しそうな表情のユージオに居ても立ってもいられず、彼の華奢な身体を引き寄せた。
『キ…リト…?』
「ユージオ…、俺にはお前がいないと駄目なんだ…。絶対に救ってやる。だから、そんな辛そうな顔するな」
柔らかな亜麻色の髪に指を絡ませ、優しく頭を撫でた。
ユージオは碧の瞳を揺らめかせると、その波間からぽろぽろと雫を零す。
『…、やっぱりキリトには敵わないや…。でも僕は君と、アリスに剣を向けてしまった…。アドミニストレータに、僕は愛されてないって言われたんだ。君から貰った愛さえも信じられなくなってしまった…。今なら分かる。ちゃんと愛されているって。それでも君と一緒にいていいのかな…』
不安そうに長い睫毛を震わせて俺を見る。
「俺は…、お前のことを分かってるつもりでいたけど、見えてなかったんだな…。愛が分からなくなったなら俺がこういうもんだって、教えてやる。ユージオのことを誰よりも愛してるからな」
ユージオを元気づけようと、ニッとはにかんでみせた。
互いの息遣いが分かる程の距離まで顔を近づけ、その小さな唇に触れるだけのキスを落とす。
『キリト…。有難う。僕もキリトのこと、心から愛してる』
腕の中にいる儚げな少年からもたらされる、自分が与えたものよりも深く、甘い口付けを受け入れる。そして心に焼き付けるように抱きしめた。
名残惜しく、瞼をゆっくりと開くと相棒の身体が透けていることに気が付く。
『…一旦、お別れみたいだね』
「そう、だな…」
『僕は君を信じてるよ。君はいつだって、僕の英雄だから──』
そう言い終えると僅かな温もりを残して、ユージオの身体は跡形もなく消え去った。
それから間もなくして、俺の意識は再び途切れた。