柚紀の夢 

□境界線のカルマ
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「星月先生、大好きでしたよ」


卒業式。私は星月先生に告白した。
でも…返事は聞かなかった。


教師に恋をすることはいけないこと。


その事実は十分理解していたし、
星月先生を困らせてはいけないと思ったから。

卒業したら、教師と生徒という関係は無くなる。
でも、それでも、――…怖かった。


先生に拒絶されるのが怖かった。
でも、この恋心を無かったことには出来なかった。


だから、私は逃げたの。


ただ“好き”と一言告げて、
星月学園から飛び出した。




卒業式の思い出。
さようなら、さようなら。

あのとき風で散ったのが、
桜の花弁なのか、私の恋心なのかは分からないけど。


桜の花弁も、私の恋心も、さようなら。

私は心の中で呟いた。


××××


星月学園を卒業してから三年が経った。


そして今は、同じ大学の月子ちゃんや
東月君、宮地君と食堂でお昼を食べている。


「なぁ、お前は同窓会どうする?」

「行かなーい」

「来い」

「いだっ」


東月君の問いに答えると、
横に居た宮地君にチョップを食らった。
頭に直撃した為、尋常じゃなく痛い。


「なにすんの、宮地君!!」

「食堂で騒ぐな」


思わずツッコんでしまったら、
側に居た月子ちゃんが面白そうにクスクスと笑う。


「月子ちゃんんん…そんなに笑わないでよー」

「お前が大学生にもなって、
行かないと駄々をこねるからだ」

「宮地君…私だけ扱いがひどくない?」


そんなことはない、
宮地君はそう言ってショートケーキを口に運んだ。

その姿を見て、
この人は高校生から変わらないなぁと改めて感じる。





星月学園を卒業してから、三年が経った。
星月先生に告白してから、三年が経った。

三年も経ったのに、私の胸にはまだ、
星月先生の恋心がほんの少しだけ残っている。

忘れられないんじゃない。
――…忘れたく、ないのだ。


我ながら、馬鹿だとは思う。

でも…それが分かっているからこそ、
私はこの気持ちをどうすればいいか分からない。


消すことも、…もう一度伝えることも、
今の私は出来ずにいるのだから。


「おい、お前…大丈夫か?」

「…え、…あっ…うん、平気。
じゃ、私は行かないから…そういうことで」

「お、おい…!」


宮地君の言葉を無視し、
私は席を立って食堂を後にする。


「…ダメだな…私、」


星月先生に会いたくないからって、
宮地君を怒らせてしまうなんて。

でも…今会ったとして、
私はどうすれば分からないのだ。

どんな顔をして会えばいいのかも、
まだ子供の私には…分からない。


××××


今日の大学の講義が全て終わり、
住んでいるアパートに帰っていると突然、
カバンの中の携帯が震えだした。

非通知からの着信で一瞬出るのを躊躇う。


「…………………んん‶ー…長い、」


しばらくしてもまだ鳴り続けていた携帯に、私は仕方なく通話ボタンを押した。


「………もしもし?」

『おぉ、久しぶりだな』

「っ……!!?」


耳元から聞こえてきた懐かしいような声に、思わず携帯を落としそうになった。

だって、…だって、この声は―ー…


「っ…星月…先生…?」

『なんで疑問系なんだ?俺は星月琥太郎だぞ』


耳元で笑った星月先生に、
私は一気に高校時代の恋心を思い出す。


「な、なんで私の携帯…知ってるんですか…?」


頭は混乱しているはずなのに…思考は何故か冷静で、
私は口からつまらない言葉を吐いた。


『宮地から聞いたんだが…というか、
久々に話すのに第一声がそれなのか?』

「……それも、そうですね。
お久しぶりです星月先生。元気でしたか?」

『俺は元気だぞー。
というか、お前…同窓会来ないのか?』

「え、えぇ…と、…はい」


いきなり同窓会の話が出てきて、
私の言葉に迷いが出てくる。

ダメだ。…ダメ。
“嬉しい”だなんて…思っちゃ、ダメだ。

抑えつけていた高校時代の淡い恋心が、
先生への気持ちが、

ずっと三年間しまい込んでいたのに、
声を聞くだけで…一気に溢れてしまうなんて。


『用事でもあるのか?』

「…まぁ、そんな感じです、かね」


曖昧な私の答えに、
先生はまた耳元で笑った。

困ったような、苦笑いにも似た、笑い声。


『そうか…残念、だな』


期待するな、私。


「っ、…私以外なら全員行きますよ?」


なんでもない言葉だ。
ただ純粋に、元生徒に会えないことを残念だと言っているだけ。

そう…でしょう?


『…なぁ、』


電話の向こうの先生は、
今一体どんな顔をしているの?


『俺のこと、…まだ好きか?』

「っ!?」


一瞬、息をすることを忘れた。

どんな言葉を返せばいいのか、
ついに思考さえも冷静ではなくなった私の沈黙を、
星月先生は呆れと受け取ったらしい。


黙るほど呆れなくてもいいじゃないかと、
先生はまた苦笑いにも似た声で笑う。


『…あの卒業式の日を、忘れたことはない』


笑う。先生は、また笑う。

あぁ…これは、苦笑いなんかじゃない。
――…自嘲的な笑みだ。


『好きだ。お前のことが、ずっと…卒業してからも、それは変わらなかった』


電話越しに聞く先生の声が、
やけに頭の中で反響して。

在りもしない、桜吹雪が見えた。


「ねぇ…先生、」

『…なんだ?』


これが、あの日-卒業式-の再来なら。

私はもう一度…言うのだろうか。
言って、逃げるのだろうか?


「…あのね、先生」


いや…私は、もう…逃げない。
これが、私が出来る最大限のことだから。


「私も、まだ、…好きです。
星月先生のこと、まだ…好き、です」


今にも通話停止ボタンを押したい衝動を抑えて、
相手の反応を待つ。

星月先生はしばらくしてから小さく溜め息をついて、言った。

その溜め息は、安堵からだろうか。


『そうか…じゃあ、会おう。
会って、話をしよう。
離れていた間の、お前のことが知りたい』

「はい…会いましょう。
会って、話をしましょう。
私もね、私も…貴方のこと、知りたいです」


街の喧噪を無視して、
私は電話の向こうにいる彼に言う。


「この三年間、私がどんな気持ちだったか聞いてくれますか?」







境界線のカルマ
(あの日逃げたのは、自分の気持ちから)
(想いを告げたのは、あの日からの決別)



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