短編集

□伊真ver.
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痛い――。

全身が悲鳴をあげていた。脇腹がじくじくと焼けるようにあつい。
そこから流れ出る生温かいものが線をなぞると同時に、生気も零れ落ちていった。
ドクン…ドクン…と胸の音が鼓膜にこだまするだけで、あとは何も聴こえないし見えるものもなかった。

身体は鉛のように重くて、そのまま沈んでいくようだった。
暗くて深い沼の中へ、身動きひとつとしてとれずにゆっくりと……でも着実に。
言葉通り、黒と白の境界線を越え、光が少しずつ小さくなっていった。


「……き…ら…!」


遠くで誰かが叫んだ。


「ゆ……むら! おいっ…幸村!」


どんどん声がはっきりとしていく。それにつれて光も大きくなっていく。
某の名前を呼んでいた。
黒の境界へ堕ちる自分の腕を掴んで、白の境界へ―――引き上げられた。

 ぽたっ

直後、頬に何か温かいものが落ちてきた。


「幸村…っ」


指一本として動かなかった身体が、鮮明となった声に反応する。
―――貴殿らしくもない。
ゆっくり重たい瞼をもちあげると、また一粒の雫が落ちてきた。



「ないて、おられるのですか……?」



某の声に上げた顔は、似合わぬ涙で濡れていた。
苦痛に表情を歪めて、この戦場に無防備にも兜や六爪を放り出して某の背を支えてくれている。


「…今は……戦の最中ですぞ…」

「んなこと…っ今はどうでもいい…」

「一軍の大将がそのような……誰かが見ていても、某はもう弁解できませぬぞ…」


おどけて言ったつもりだったが、掠れ掠れで自分で聞いていても苦しそうな声調だった。
政宗殿は某の手をとって、自分の頬に当てた。
とても熱く感じるのはきっと、某の手が冷たいからだった。


「こんな結末しか……俺達にはなかったのか?」

「戦国の世である限り、必ず避けては通れませぬ。
 …されど、某に後悔は微塵もござりませぬぞ?」


貴殿の太刀で逝けるなど、これ以上の幸せがあるだろうか。
それどころかこの温かさを全身に感じて眠れるのだ。
「まったくの幸せ者にござる」笑って頷いてみせると、政宗殿は悲しみを滲ませながら「…そうか」と無理に笑い返した。


「だが、俺はこれで終わりにするつもりはねぇ」

「…?」

「幸村」


ゆっくりと背を持ち上げられて、優しく胸の中へ収められた。
ドクン、ドクンという貴殿の音が肌に響いて、思わず目を閉じてしまいそうなほどの安心さに包まれる。


「約束だ。誰もが笑って暮らせる日の本を俺の手でつくって、それからお前を迎えに行く。
 …必ず、来世で俺はお前をみつけだしてやるよ」


ふっと口元を緩ませて、「誠にございますか?」と見上げる。
そんな夢のような話……でもそれが貴殿らしくて、貴殿なら本当にやってのけてしまうんじゃないかと思ってしまう。


「絶対に?」

「ああ、絶対だ」

「約束でござるよ?」

「約束する」

「本当の本当に…約束してくれまするか?」

「本当の本当の本当に、約束してやるよ」


よくも何の根拠もなしで言い切れるものだ、と内心呆れて笑みが零れた。


「心待ちにしております」


だがそんな口約束も、某の心には大きく響いてこれから迎える死の恐怖を払拭した。
今、心に残るは、少しのさびしさと……来世への希望だけだった。


「……幸村?」


政宗殿の心配そうな顔が覗きこんできた。
「そろそろ」と吐息交じりに呟くとまた、政宗殿は泣きそうに表情を曇らせた。


「政宗殿」


そんなお顔をせずに、いつものように意地悪く笑ってくだされ。

貴殿と某の別れは………“ココ”ではないのでござろう?

その隻眼に訴えかけながら、精一杯笑ってみせた。



「楽しかったでござるなぁ…政宗殿」



政宗殿は俯いて自分を押し殺すようにしてから、
某に憂いの滲んだ微笑みをみせた。



「楽しかったなぁ、幸村」



まっこと、華々しい人生であった。

某は一度頷いて、重い肢体を胸に預け、目を閉ざした。


「約束……ござ…る…」


光が急速に小さくなっていって―――某は今度こそ黒に堕ちた。
その間に唇に触れていたモノが、温かいか冷たいかも感じることはできなかった。


「ああ…必ず…」


降りかかる貴殿の涙も、
押し殺した震えた声も…

一人残された貴殿のつらい余生も―――…

















































































「お前、だれだ」



400年経って、やっと逢えたのに。

貴殿は何も覚えていなかった。



貴殿を残して逝った某は、どれほど幸せだったか思い知った。

貴殿は支えであった片倉殿もすぐに亡くして、
孤独な余生を歩んだことを、

このずっと後、片倉殿がすべて思い出した時に聞くこととなる。




「旦那…」


その時は佐助が心配そうに声をかけてくれた。
片倉殿も記憶がなくて、傷ついているだろうに気を遣ってくれた。


政宗殿は、某の存在を消したように何事もなく、去っていった。





―――約束だ。





こんなこと我侭だけど。

どんなに、どんなに辛くても。





―――誰もが笑って暮らせる日の本を俺の手でつくって、それからお前を迎えに行く。





貴殿は約束を絶対に守る方であろう?

無理を意地でも通す気高き竜のはずであろう?





―――必ず、来世で俺はお前をみつけだしてやるよ。





某はずっとそう信じてきたのに。




「旦那!」


逃げ出さずにはいられなかった。




























あの約束をとりけしてください。



そしたら、何もかも諦められる気がするんだ。


普通の友人でいい。
昔のように身体を重ねられなくていい。


だから。
まずはこの胸の焼けるような痛みを消してくだされ。


俺を愛した、
俺が愛した、

あの貴殿を消してくだされ。



あの約束は嘘だったと。



そしたらあとは、自分でどうにかできる。
この胸の滾りを押さえつけて殺してしまえばいい。



だから。



はやく。



貴殿を忘れられなくなる前に。








あの約束を、とりけしてください。








 
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