短編集

□約束
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敵を…倒していたら。

だいすきな人が、らしくもなく地面に寝転んでいて。

俺はたまらず駆け出した。




抱き起こしてみると、手にべっとりと、生温かいモノがついた。
真っ赤で、鼻に残るにおい。
俺の最も身近にあるものだった。
なのに、俺は身体の芯から震えが起こって止まらなかった。






「……さ…すけ……」






掠れ掠れの絞り出したような声。
聞いたことないくらい、弱々しい声色だったけど、
それは確かに腕の中の片倉さんのものだった。






「わり……も…一緒、に…あの坂…登れねぇな……」


「……うそつき」


「わるい…」






すっと手を伸ばしてきて、俺は堪り兼ねてそれを掴んで頬に当てた。
すると、びっくりするぐらい冷たくなってて、不意にこらえていた涙が零れた。






「馬鹿…泣くか、今…」


「やっ、やだ、よ……ひとりにしないでよぉ…っ」






無理なお願いだったけど、言わずにはいられなかった。
お館様も旦那も、もうこの世にはなかった。

堰を切ったようにぼろぼろと涙が零れた。
そんな俺を慰めるように片倉さんは優しく言った。






「独りになんて、しねぇよ」
「一緒には、いれねぇけど……傍に、いてやる」






それって矛盾してるよ、って言ってやったけど、
忘れんな、って微笑むだけだった。

そんなの無茶に決まってるのに。
頬から伝わる彼の命の音が小さくなっていた。






「な…さす…け……まさ…ね…さまが……なだと……やく…したって…」


「……よく…聞こえないよ…」


「だ、から…れも……約束…だ」






そう言うと、片倉さんは最後の力で俺を引き寄せたんだ。
そして耳にそっと…





















「                                 」





















「………………うん」



するり、と手のひらから冷たさが落ちた。




「待ってる。ずっとずっと待ってるからさ、片倉さん」




ぽたり、と頬を伝って、それは彼の頬に流れた。




「絶対だからね……」




笑おうとするけど、顔が強張ってうまくいかない。
俺はもう動くことのない、冷たい、愛しい身体を抱き締めて、




灰色の空に泣き叫んだ―――。



  
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