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□とある夜
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とある夜―



「たかみなー!!」

「んー?なにー?」




陽菜の家でソファーに寝転がって、テレビを1人で見ていればお風呂に入っているはずの陽菜の声がお風呂場から聞こえた。


いったい何事だ?




「ちょっと早く来てー!!」




なんなんだ?

重い腰を上げてお風呂場へと向かう。



ドアをノックすればバスタオル姿の陽菜が扉を開けた。




「は!?えっ!?」

「クモ!クモ取って!!」


「…へ?」




中に入れば少し大きめのクモが顔を出して、壁を這っている。

ティッシュを取ってクモを優しく包んで、あたしは外にクモを放した。



外からお風呂場に戻れば



「これでい?」

「ありがとー!」 



そう言ってバスタオルのまま抱きついてきて、胸の膨らみを感じてドキッとする。


あたしは少年か!

と、自分でツッコミを入れたくなった。




陽菜は離れると状況を飲み込んだのか照れながら怒って、あたしをお風呂場から追い出した。




「ふぅ……」



少し火照った頬。

再びリビングに戻って、ソファーに寝転がる。



陽菜、最近ますます可愛くなったよなぁ…




誰かに取られないかほんと心配。

そんなことを思っていれば、テーブルの上の陽菜の携帯がブルブルと音を立てて鳴った。




「…誰だこれ」



起き上がって画面を見れば、今まで見たこともない名前の着信。




そして、ちょうどよく戻ってきた陽菜。

髪の毛をタオルで擦りながら色っぽいその姿も今はちょっと苛々が先行する。




「あれ?電話?」



陽菜は携帯を取ると名前を見て驚いて、その場から離れて電話に出ようとする。

あたしはそんな陽菜の腕を掴んで言った。




「ここで出れない電話?」

「え?」


「出れないの?」




少し強めの口調で言えば、陽菜はその場で電話に出た。

会話は他愛もない会話。



なんか陽菜の様子がよそよそしい。




沸々と心の奥から何かが込み上げてきて、苛々が増す。



電話を切ると陽菜は困ったように立ち尽くした。



なんだよ…言い訳もなし?





「それ誰?」

「えっと…この人は…」


「言えない人?」




明らかに陽菜の様子がおかしい。

まさか浮気?



でも、陽菜に限ってそんなことは…

なんて思いながらも内心不安な気持ちが入り混じる。




「そうじゃなくて…」

「じゃあなに?」



そう言えば陽菜はあたしの前に座り込んで下を俯いて言った。




「わかんない…」

「はい?」


「登録してるけど誰だか忘れちゃったの」




へ?…忘れたって…

確かに陽菜ならあり得る。
多分共演者かなんかだろう。



今までの苛々や不安も吹き飛んで思わず笑ってしまった。





「忘れたって、陽菜らしいな」

「たかみな…」




陽菜は顔を上げてそのままソファーに座る、あたしの膝の上に頭を乗せた。




「たかみな怒るとやっぱ怖い」




そう呟く彼女の不満そうな顔が浮かんで、また笑った。




「浮気してるかと思って」

「するわけないじゃん」


「なんで?」

「なっ、なんでって!?」




そう言えば陽菜は顔を上げて、ふいっと横を向いていった。




「そんなの…好きだからに決まってんじゃん…」





あたしはズルい人間だと思う。


わざとその台詞を言わせて、恥ずかしがる陽菜を見て満足げに微笑む。




「今笑ったでしょ」

「笑ってないよ?」


「嘘だ!顔がにやけてるもん」




むーっと不満そうな顔をして、陽菜はそっぽを向いた。

そんな陽菜の耳元であたしは囁いたんだ。






「大好き」




ってね―






End

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