ごった煮

□この日を
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「お茶、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」


…今住む村にもようやく春が来た

ほととぎすが梅の木で可愛らしく歌い、たんぽぽや菜の花が地を華やかにし、優しく吹く風も暖かくなってきた


「…はじめさんは、何か食べたいものでもありますか?
あなたと息子、びっくりするくらい好物が同じなんですもの
あなたが食べたいものならきっと息子も喜ぶはずです」


「さすが俺の息子だな…そうだな…
…一番最初に豆腐田楽が浮かんだ」


じゃあそうしましょう、と微笑む私
それにつられて彼も微笑んだ


「明日は息子が生を受けてから15年か…早いものだ」


「…ふふっ、覚えてます?
あの子が一番最初に話した言葉…」
「忘れられるわけがないだろう…」


『とと、なにうえ!』


あの時は二人とも目を合わせながら黙ってしまった…
とと、とは父様、つまりはじめさんを指すんだろう
それに加えて彼の口癖まで覚えてしまったなんて…


「今でも『何故』って口癖なんですよ
顔も体もどんどんあなたに似てきて…時々、はじめさんと重なってしまうこともあるんです」


「それは困る」


「私だって困ってますよ…
それに息子が大きくなるにつれ、私には皺が増えたり、体力が衰えたり…」


「………」


彼は何と言ったら良いのだろうか分からず、曖昧な表情をした
瞳にはたくさんの寂しさを抱えて

やめて、はじめさん
そんな顔しないで…


すると梅の花びらを乗せながら、風が吹いた

私たちの髪が僅かになびく


「名、あの日の約束を覚えているか?」


「もちろんです…」


「……そうか、では」


「はじめさんっ」


はじめさん


はじめさん……!!!



─────……


「…様!!母様!!」


目を覚ますと息子が心配するようにこちらを見ていた


「母様!!こんなところで寝ては風邪を引いてしまうでしょう!!」


「……ごめんなさいね、というかお帰りなさい
今日はいつもより早かったわね?」


「あ、あぁ、ただいま帰りました
今日は少しでも母様と一緒にいたくて…」


息子はあなたに似て心配性持ち


「…ありがとう」


その言葉に微笑む息子
…ほら、またはじめさんと重なってしまった


「…母様、何故湯飲みがあそこにもう一つあるのですか?」


不思議そうに彼は質問した
きっと検討が全くつかないのだろう…


「…自慢の息子の15歳のお祝いだから、我慢しきれなくなったのね…ふふっ…」


「?」


「それより…父様にただいまはしたの?」


「あ」


驚いた顔からして多分してないのだろう
バタバタと部屋へ行き、彼は一枚の写真に向かってこう言った


「ただいま帰りました…父様」




◎この
私たちはずっと待ってきた


「約束…ですか?」
「こいつが15歳になったら俺の刀を渡してくれ…」
「とと!だっこ!!」
「あぁいいだろう……む……?
お前…重くなってきたな」
「ととよりおもい?」
「そうだろうな」

……変若水で蝕まれたはじめさんの身体はこの時すでに限界だった

自分自身の体だからこそ何かを悟ったのか、彼は私とそんな約束をした

我が子のため、私のため、懸命に生き抜いた彼の体が冷たくなっていたのはそれから数日がたったことだった…




明日は私にとって、はじめさんにとって、息子にとっても大切な日になる
そして私は彼の代わりに息子に刀を渡す……


…その前にご飯にでもしよう
昔の思い出話に花を咲かせながら


「…今日は豆腐田楽を作るわよ?」


「やった!俺の大好物です!」



─はじめさん?

今年は、良い春になりますね…?


するとそれに答えるようにまた優しい風が吹いた…



.20120315

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