蜜雨
□02:懐かしい歌を
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「誰かっ誰か捕まえて!!」
「こっちか!!どこだ!!どこにいる!!」
「確かここを右に曲がって…
いたわ!!っほら!!あそこ!!」
「こら!!…待ちなさい!!」
─ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…
(今度こそつかまったら…!!)
(私はっ…私はっ…!!)
少しずつ遠ざかっていく喧騒
…追ってくる人からうまく逃げ切ると
彼女は家屋の影に隠れしゃがみこむ
ちゃんとした高価な履き物は
あそこから逃げることは出来ない
綺麗な真っ白だった足袋は土だらけ
家の人に"可愛い"を塗り固めてもらった
髪の飾りも、化粧も、着物も
がむしゃらに走り、そして
…気付かぬうちに流した涙のせいで
何もかもぐちゃぐちゃだった
ただ一つ、いつでも自害できるように
家宝に並ぶ短剣を大事にかかえていた
優しく布につつまれた鋭利な刃
そっと布から取り出すと
太陽が光を射し、神々しいものになる
(言い過ぎか……神々しいなんて)
ふとまた現実の世界に戻される
今は一時的に逃げられただけで
完全なものではない
早く逃げなければと気持ちが急ぐ
彼女はまた短剣を丁寧に仕舞う
幾重にも着込んだ着物の
何枚かを脱ぎ捨てる
髪型も一番軽くし
化粧は近くの井戸水で
落とせるところまで落とす
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