ぬけがら

□シキとチガヤちゃん
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ポストマンの朝は早い。シキの一日は、日が昇らない内に始まる。起床して洗顔して着替えを済ませれば、すぐさま家を飛び出して集会所に設置されている郵便局へと向かう。郵便物の仕分けを仕事仲間と素早く終えたなら、担当する住宅地に届ける荷物を大きな鞄に詰め込み、急ぎ局を後にするのだ。

この日もいつもと変わりはない。新聞や手紙を届ける分だけ鞄に引っ提げ、行ってきます、とシキは元気よく朝靄の中に飛び出した。

山中にあるため段差の多いユクモ村を疲れ知らずであるかのように駆け回り、次々にポストに投函していく。入らないものはポストの下に置いて、届けた順に表に×を付けた。

「――!」

――ふと自身を照らし出した、まばゆい光に思わず目を細める。もうこんな時間か、とシキはぼんやりと東を見つめた。朝焼けも過ぎて、太陽は山から顔を覗かせている。気がつけば残りはひとつ。ポッケ村からこの村に宛てられている手紙だけ。しっかりと封されている封筒を握りしめ、シキは宛先を確認する。

「チガヤさんか」

ポッケ村からやって来た、ユクモ村のハンター。それなりに親しくさせてもらっている仲でもあり、自然と口端がつり上がった。これが終わったら日課である、仕事上がりの朝風呂だ。着替えは鞄にスタンバイ済み。ラストスパート!と、シキは走り出した。

「あれっ、チガヤさん」

チガヤ宅前にて、シキは立ち止まる。丁度チガヤ本人が玄関から出てくるところで、ラフな格好である彼女は、片手に小さめの荷物を持っていた。チガヤはシキの声に振り向き、瞬きを数回したのちに名前を呼んで、おはよう、とへらりと笑む。

「相変わらず早いね、お勤めご苦労様」
「あ、はい。チガヤさんこそ早いですね。狩りから帰ってきたばっかりとか?」
「ん、まあね。兎狩りに行ってたんだ。…それは、私にかい?」

チガヤの視線が最後の配達物を捉える。はい、とシキは頷いて、それを手渡しした。チガヤは差出人を確認してなつかしそうに目を細めて、それから空っぽのポストの中に手紙をしまった。

「ありがとう、帰ってから読むよ。これから温泉に行くんだ。…仕事はこれで最後かな?」
「はい」
「じゃあ、一緒に集会所まで行こうか」
「…はい!」

ぱっと笑って、シキはチガヤと並んで歩く。小鳥がさえずりと人々の声があちらこちらから聞こえてきて、村の目覚めが感じられた。
穏やかな空気の中を集会所に向けて歩む。硫黄の臭いが濃くなり、集会所から立ち上る、温泉独特の真っ白な湯気が視界にちらつく。その時思い出したように、何気なくチガヤが口を開いた。

「…そういえば、この間渓谷で遊んでたよねえ」
「え゛…ちょ、なんで知ってんですか」
「たまたま見たんだよ、採集クエストに行ってて」
「あ、なるほど」
「何事にも積極的なのは悪いことじゃないけど、あんまり村長に心配かけないようにね」
「…はーい」

チガヤの言い方はあくまでも静かな警告であった。されどだからこそ、深い思いが込められていて、少し狩猟区域に出掛ける回数を減らすか、とシキは大人しく頷く。ハンターでもない生身の少女がモンスターの生息区域に在る、その危険性はシキ自身もよくわかっているのだ。それでも外に行くのはやはり、好奇心というものに嘘がつけないから、なのだけれど。

ハンター達の姿でにぎあう集会所の扉を開けば、感覚が一気に騒がしさを増した。ハンター達は二人を見るなり口々に笑っておはよう、と挨拶を紡ぐ。

番台の当番はコハナとアオイらしかった。ごゆっくり、と背中を見送られたすぐあとに、

「私もちょっくら湯船に浸かってこようかねえ」
「あ、アオイさん、仕事中ですよ…!」
「いいじゃないか、スタッフにだって休憩は必要だろう?コハナも一緒にどうだい」
「アオイさあああん」

そんな相変わらずなやりとりが聞こえて、チガヤとシキは背後を伺って顔を合わせて、それから声をあげて笑う。

ユクモの朝は今日も穏やかで、鮮やかなものだった。

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