黄金の生命-イノチ-

□序
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「…ッ」

夏流は、その陶器のように真白な腕にできた鮮やかな痛みを堪えながら、眼前で不敵な笑みを浮かべている冬至を睨みつけた。
しかし、その最大の敵たる冬至も、その妖艶な美しさは何処かへ消え、生々しい傷と乱れた呼吸をその身に纏っている。

「フ、ハハ…まさか、二度も…こうして、未だ人間の肉体を捨てきれない、君という未熟な存在に傷を負わされることになろうとは…」

傷を庇い、ゼェゼェと肩を上下させながら、尚余裕を含んだ笑みで、冬至は夏流を挑発する。
対して夏流は、息を荒げつつも無言のまま、間合いを詰めようともせず、ただ次の攻撃の機会を伺っていた。

「君も、そろそろ限界に近いだろう。
君の神格覚醒は、感情の昂りとナツル神の魂との共鳴、そして驚異的な集中力によって発動するものだ。
しかし、今の君からは、集中力が段々と抜けてきている…即ち、ただの人間へと回帰していくのだ」

「…」

「わかっているとでも言いたげな顔だな。実に生意気な目つきだ」

「来るなら、来い…」

夏流は、聖魔の光剣を握る、その小さくか細い手に力を込める。
そのタイミングに合わせるように、冬至も、自らの長刀を握る手に力を込めた。

「その小鳥の囀りのような声音には、似つかわしくない言葉だ。私が教育して差し上げよう!」

そう言い終わると同時に、冬至はその俊敏な動きで、夏流に切り掛かった。
神格覚醒している為に、鋭敏になった感覚でその切っ先を受け止めるが、力の差により、夏流は自らが作り上げた戦闘空間結界の外側へと放り出されてしまった。
それを追うように、冬至は僅かに空いた穴を潜り抜け、もう一撃を夏流に喰らわせる。

「ぐ…ッ!」

何とか瞬時に反応ができた夏流は、その一撃を防ぐことができたが、体力と集中力の低下によって、受けているのがやっとの状態なのは明白だ。

「フフ、よくこの速さに対応できたね。流石だ。だが、戦闘経験の差は埋められまい!」

嘲笑うかのように、冬至は、あらゆる方向から光速攻撃を夏流に喰らわせていった。
夏流は、自身の体に結界を張り巡らせその攻撃に耐え忍んでいたが、やはり消耗のしている神力の影響か、あまりにも脆く、すぐにその効果は薄れてしまう。

(これは、攻撃に特化させるしかない…!)

夏流は直ぐ様、纏っている結界を防御から攻撃目的へ、性質を変化させ、半ば猪突猛進に冬至へ突進し反撃をした。
その反動で、冬至は吹き飛ばされるが、直ぐに体勢を立て直し、壮絶な両者の神力のぶつかり合いが始まった。

「ハハッ!君はっ!何故そこまでしてっ、この歪んだ世界を守ろうとする!君こそ、この世界を呪っているじゃないか!」

「世界を…っ、守ってるんじゃない!俺は…っ、大切だと、大事にしたいと思い始めたものを壊した、お前を許せないだけ…ッ!!」

両者が衝突を繰り返す度に、凄まじく強大な力の波動が、周囲に広がっていく。
それは空気を震わせ、空間という膜をに波紋を浮かばせていた。


パキリ


そうどこかで音がすると同時に、まるで硝子にヒビが入ったように、空に、空間に亀裂が走った。

「…ぁ…ッ!」

それに逸早く気が付いた夏流は、亀裂の方向へ視線を向ける。

「よそ見は!いけないな!!」

その隙をつくように、冬至はありったけの力を込めた一撃を、夏流に振り下ろした。
夏流は、反射的に翼を盾に受け身をとったが、強烈な力に吹き飛ばされてしまった。

「…ッ、あ…」

「今の一撃を、翼で抑えるとは…その柔軟な思考は褒めてあげよう」

爆音と共に、凄まじい力の波動が、周囲に広がる。
波打つ空間は、その柔軟さの許容量を超えた力に耐えきれず、簡単に破れ、孔を形成してしまった。
その瞬間、この世界を循環していた空気は、その孔に引き寄せられるように流れを変える。

「!」

漸く、空間の異常に気が付いた冬至だったが、もう遅かった。
高密度の重力、吸引力が二人を襲う。

「ぐっ…ぅ…!」

「冬至…!」

夏流の内に眠る、我が子を思うナツル神の魂がその身体を動かしたのか、それとも、冬至に対する夏流の執念の現れなのか、それは定かではない。
しかし、夏流は咄嗟に、吸い込む力に耐え忍ぶ冬至に手を伸ばす。

「冬至!!」

ありったけの力を込めた、咆哮にも似た声に、反射的に反応を示す冬至。
朦朧とする意識の中、冬至は夏流の手を取ろうと、その腕を伸ばした。

「ぁ…」

(冬至…)

ゴオッという音ともに、二人は空間の裂け目、時空を歪みたる孔の中へ完全に吸い込まれ、途端に意識を手放してしまった。
そして、強大な力を有した両者を飲み込んだことに満足したかのように、いくつかのヒビを空間に残しつつも、その孔は消え失せ、重力の奔流もいつの間にか鎮まり返っていた。
後には、両者の闘いの影響で、無残に崩れ去った天界の神都と、はらりはらりと孔のあった場所から舞い落ちる無数の羽根が残るだけとなった。


ナツル神の魂の器たる少年と、その世界の全てを壊さんとした堕天使は、ナツル神の創造した世界、その外側へと飛ばされたのだった。



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