旧作 短編・中編

□声を上げて泣くとしたら、それは
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守れなかった。
俺は大事な、本当に大事な恋人を。

「………」

今までに、こんなに人を恋い慕ったことがあるだろうか。
いや、俺が覚えている限りでは、これほどまでに好いた相手はいない。
本当に大事にしたいと思える、そんな魅力をこいつは持っていた。俺には不釣合いな感情ではあったが、こんな感情を与えてくれたのもこいつだった。
真っ白な病室の真っ白なベッドの上で、真っ白な包帯を巻かれたまま、目の前で恋人は息を引き取った。



――――――……



元はと言えば、俺の責任だった。
仕事で忙しくて、なかなか会えないところを、わざわざ時間を割いて俺の元へ来てくれようとしていたのだ。
俺も心底嬉しかったものだから、いつもよりも一層浮かれていたに違いない。
今となっては、その浮かれにこれ以上無く激憤している。

『おっ、夏流−!』

『あ…大輝』

駅前の交差点。時刻は午後12時半。
お昼時もあってか、車の通りが激しく、道と道に阻まれた夏流とのちょっとした距離も何だか遠く感じられた。
そんな距離感に焦燥を抱いたのか知らないが、信号が赤に変わり行くことにすら気付かずに、俺は交差点を渡っていたのだ。
不幸にも、この俺の身長を以ってしても、大型トラックには俺の姿は映らなかったのだろう。信号を通り過ぎるには充分なスピードで、大型トラックは俺に突っ込んでこようとしていた。
気付いた時には、時既に遅し。トラックは甲高い声を上げながら、俺の目の前まで迫っていた。
頭の中が真っ白になる。人間、本当に死の危険を感じると、無意識にそれに対する覚悟が生まれるらしい。
「ああ、俺は死ぬんだ。」と、どういう訳かあっさりと脳内で自己完結していたのだ。
しかし、そんな白い均衡は、小さな小さな、それこと俺と雲泥の差があるほどに小さな力によって崩された。

『大輝ぃぃぃいいいいいっ!!!!』

高い声と共に、俺は小さいと思っていたそれの出す、物凄い力によって後方へと吹っ飛ばされた。


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