函館時代の土龍の馴れ初め
その光景に思わず、土方は持っていた筆を握り潰した。
『のんびりしてると、横取りされるよ』
2,3日前にそう大鳥に言われた言葉が頭を過る。
あぁ、あんたのいう通りだな、大鳥さん。
まだ、子供だなんて言葉で自分は誤魔化せても、周りは誤魔化せない。
舌打ちしてそれでも気になって、窓から見える正門を見るのを止められない。
そこにいたのは、井吹と見たこともない女が一人。
服装から察するに、それなりに裕福な家柄なのだろう。
頬染め嬉し気な顔を見れば、女が井吹を呼び出した理由なんぞ考えなくてもわかる。
「何ちんたらとしてやがるんだ、あいつは」
普段、口が悪いくせにこういう時だけは、拍子抜けするほど真面目に返すのだ。
今もまた……
真っ赤な顔をしながらも、頭を下げる井吹に、女は一瞬目を伏せだが、すぐに笑みを浮かべる。
頭を下げる女に井吹が、何かを告げると、女は驚いた表情をした後、フワリと綺麗に笑って頷いた。
「なぁ、土方さん?」
「……何だよ」
「何か……機嫌悪い?」
コトリと定位置にお茶を置いた龍之介は、ジッと土方を見つめると首を傾げる。
眉間に皺を寄せていることが多い土方の機嫌を見分けるのは難しいが、長く側にいた龍之介には、もちろん全てが分かる訳ではないが、それでも他の人達に比べれば読み取りやすい。
「別に悪くねぇ」
「う〜ん、怒ってるってよりかは、何か拗ねてる?面白くねぇって顔してる」
否定する土方の言葉を聞いてないのか、そう言って一人納得して頷くと、覗き込むようにして土方を見つめる。
「俺、何かした?」
「……何でそう思うんだよ」
「えっ、だって土方さんがこういう顔してる時って、大抵俺が原因でしょ?」
きょとんと、当たり前だとでも言うように告げられた言葉に、土方は逆に驚いてマジマジと龍之介を見上げる。
「俺、最近は何もしてないと思うけど……話かけられるのはいつもだけど、物貰うことも少なくなったし、連れ込まれることは……うん、まぁなくなったし?」
「……おい、連れ込まれるてぇのは、そりゃどういう意味だ!?ぁあ?」
バンッと机を叩いて立ち上がった土方に、龍之介はしまった!っとばかりに慌てて手で口を塞ぐ。
とはいえ、うっかり零れてしまった言葉をなかったことに出来るわけもなく、無言の圧力に渋々と口を開いた。
「その……こっち来てすぐの頃は、ほら、土方さんの小姓ってことで、相手出来ると思われてて……いや、でも、俺断ったんだよ!そしたら、まぁ、その、ちょっと引っ張り込まれるようになって」
「お前……」
「してない、してないから!!」
ギラリと光った瞳に慌てて首を振って否定する。
「ちゃんと逃げてるから、ほんと!」
そこは信じて欲しいと、全身で表す龍之介に、土方は手で顔を覆うと溜め息を一つ。
どうやら想像以上にのんびりしていられないらしい。
「井吹」
「なに、土方さん」
何かを考えてるのか、呼んだままジッと見る土方に、龍之介も真っ直ぐに視線を返す。
そうすれば、きっと欲しい答えをくれることを知っている。
「いいんだな?」
「……うん」
少し恥ずかしそうに、それでも間違いなく頷く龍之介に、土方はその身体を抱き寄せ唇を重ねた。