Novel

□避雷針
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 雨粒を湛えて澱んでいる雲が、鬱陶しく空に張りつく、金曜の午後。
6月を目前にして、若干の蒸し暑さが辺りには立ち込めていた。
浮き足立つ授業の空気が、終業の鐘と共に一気に解放される。


「この時間の現国ほど、眠くなるもんはねぇよな」
「いや…午後一の古典だろ。やっぱり」


 どっちもどっちだ、と思う。
教材を適当に鞄に突っ込んで、席を立った。
それぞれに帰り支度をしながらも、一つどころに集まって雑談をしていた集団がこちらを見る。


「あ? 篠崎。もう、帰んの?」
「嫌いな場所に長居は無用、だろ。じゃあな」


 一方声を掛けられた男子生徒…篠崎一人(しのざき かずと)は、だるそうに首を回した。
教室ないだけでなく、廊下にも見知った顔は溢れていたが、これといって言葉を交わす間柄というわけでもない。
自分たちの中のボーダーラインは、一緒に居て疲れるか疲れないか、それだけなのだ。

 中身がこれと言って入っていない鞄を、さも重そうに担ぐ。
その、学校の指定鞄はあちこちが擦り切れて、相当使い古しているのがわかる。


 篠崎一人、という人間の特徴を列記するならば、まず彼の身長は見上げるほどには高くはない。
とはいえ、現在の日本人男性の平均身長は171cmだ。
彼自身は、自称173cmだから平均的な身長といえた。

 世間的には大分浸透してきたカラーリングを施した髪は、陽に透ければ多少明るい程度の茶色をしている。
それを長く伸ばしてワックスで整え、形ばかりはまるでタレントかホストだ。
着崩した制服が自分の身体に似合わないことくらいわかっているが、周りがそうなのだから違和感がない。

 容姿は、特別目立つほどのイケメンというわけではないが、毛嫌いされるほどのブサメンでもないと思っている。
一重瞼の切れ長の目は、然程気にするほどのものではないにしても、ほんの少し目尻が下がり気味なところだけは何とかならないだろうかと鏡を見るたびに思う。
その目元の印象故か、どうも周囲からは優しそうだという評価を得ているらしい。

 だが、自由参加の部活動には所属していないし、割り振られているはずの清掃当番は常にさぼりと決まっていた。
つまり、これといって飛びぬけた特徴のない、ごく一般的な男子高校生だ。


 何故、そんな彼にフォーカスしているのか…。
それは、この後現実には恐らく起こりえないであろう出来事が、彼の身に起こることになっているからだ。

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