短い御話

□アシスタントも楽じゃない
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現在とある漫画家のアシスタントをしている私。神原葉月。

将来の夢は少年漫画家だ。





今日も自宅から仕事場までの道を歩く。






一見、夢を追いかける青春の一ページとでも言うのだろうか?

そんな風景に見えるかもしれないが


生憎、私がこれから向かう所はそんな爽やかな所ではない。






そう。まさに修羅場だ。











『お早うございまーす。』


奥の仕事場からは返事がない。これはいつもの事。

朝にしては少し薄暗い部屋のドアを開ければ…


これもいつもの事。




「うぬぬぬぬううう………うぐぐぐぐっ!!!ダメだっ!!ネタ神様は俺を見捨ててしまったぁ…」

『才崎先生……また美徳さんに怒られますよ〜…』

目の前で椅子の上にあぐらをかき頭に女物の下着を被り唸り声を上げるのは

私がアシスタントをつとめる漫画家の才崎よしのり先生だ。



端から見ればただの変態だが、これでも一応週刊少年誌でラブコメ漫画を描いて二年目。


もうネタがない〜と苦悩している。

これもいつもの事だ。








まず私のアシスタント最初の仕事は部屋の掃除。

まず先生が原稿を描かなければ私達アシスタントは何もすることがないのだ。


連載をとるためにネームだのキャラだのを考えることもあるが、まずは綺麗にしなくては。


手際良くゴミをまとめ掃除する。



先生の双子の妹の美徳さんは私がやるから気を遣わなくてもいいのに…と言うが

こればっかりはもう日課だ。


すぐに汚れてしまうのだが。









次は洗濯物。


ただでさえ家事をしないこの男。


少し目を離すとすぐに溜まってしまう。

まぁ外に出ない先生はほとんどジャージにデニムのパンツ姿なのだが。



家族でも彼女でもないのにこんな事をしている私はもうアシスタントではなく

メイドなのでは?



絶対ご主人様なんて言ってやらないけどね。



重い洗濯カゴを担ぎベランダに向かう。





先生は変わらずネタ神様ぁ〜と机に頭をぶつけたり椅子でくるくる回ったり……


二十代にしてニートの子供でも持った母親のような気分だ。


と溜息をつくのもいつもの事…



『今日のネタ神様の様子はどうですか?』

「うぅうぅぅ……変わらん。葉月からも何か供物を…」

『嫌です』

「うぐぐ………これはネタ神様からのもう止めろというメッセージなのか?!俺は解放されるのか?!」

『何で嬉しがるんですか……はぁ…頑張ってくださいよ―……先生』


「っあぁぁ………ダメだ!!シャワー浴びてくる」

『ついでに朝ご飯でも?』

「あぁ……頼む」



先生が浴室へ消えていき私は先生の分の軽い朝ご飯を作りにかかった。







連載が打ち切られては……困る



アシスタントとしての稼ぎもそうだが


一番は先生と関わる事が許される時間が無くなるからだ。

私が書きたい少年漫画というのはラブコメではない。

だから会いに行って教えてもらうなんて事は全く必要がないのだ。

嘘も下手だし。






あんなどうしようもないグータラ漫画家に私は惹かれていた。



まぁ元々綺麗な顔立ちだ。

性格でその全てが台無しだが。


何に惹かれたのだろう?


ただ一緒にいただけだからかもしれない。



同じ職場で、静かな部屋に響くのは数名のペンや定規の擦れる音。

緊張感と安心感が入り混じるあの感じが私は好きだった。

なんだかんだでペンを走らせる先生の顔はとても楽しそうに見えた。



純粋に真っ直ぐに漫画が好きなのだとその瞳が物語っていた。



もうそんな少女漫画みたいなシーンで恋に落ちてしまうような年ではないのに。






そんな瞳に惹かれながらも同時に少しずつこみ上げるのは切なさだった。

この人には漫画以外のものはどう映るのだろうか?

色っ気のない味気のない光景でしかないのだろうか?

私も霞んで見えるのだろうか?


そんな小さな心の呟きが頭を交差した。





が、そんな頭を切り替えて自分の目の前にあるするべきことをする。

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