鏡ちゃんと先生

□鏡ちゃんと先生.3
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先生に押し倒された私は先生を抱き抱えるようにして倒れた自分の身体を起こしていると、浅原が手を貸して助けてくれた。

浅原は私の手を引きながら先生の身体を支える。

「理沙はお酒好きなくせに弱いのよ。その上酒癖悪いし。」

そういって苦笑をもらす浅原に私はそうなんだ、としか返せなかった。
内心とても驚いていたのかもしれない。

学校ではあんなに毅然としたしっかり者の先生がお酒の力でこんなにへにゃへにゃになってしまうことに。
自分がこんなに人に触れられていることに。

私はふにゃふにゃ言っている先生を見つめ、いつもの先生とは比べ物にならない、いや比べてはいけないくらいに泥酔していることを確認する。


「本当に…もぅ、あ。私一度家に帰ってきてもいい?」

泊まるなら明日の準備とかいろいろしてからにしたいから、と浅原は私を残して1人先生宅を後にした。
いつものことながら勝手というか、強引というか。
人の都合なんてお構いなしで強行突破する人だ。

私は先生の重みを腕に感じながら窓から見えるすでに暗くなった空を見つめそっとため息をついた。






***


「うぅ…ん…」

先生を抱えた状態で数分か十数分たった。
先生は依然として寝ているし、私はそろそろ足がしびれてきた頃だ。

しかし体制を崩すと先生を起こしかねない。
それは面倒くさい。

静かに寝ていてくれているほうが今の私には都合がいい。なぜだろう。
寝顔が、可愛いからかな。

自分の独り言に驚きながらも私は先生のうめき声に首を傾け先生を呼んでみた。


『先生…?』


起きないほうが都合がいいと自分で言っておきながら声を掛けてしまうなんて、どこの馬鹿だ。
先生がおきてしまうではないか。

私に声を掛けられた先生はゆっくりと顔を上げて私の顔を見つめた。
その表情にはまだお酒が残っているようで頬は紅潮し、目は据わっていた。

目が合っていることを気まずく思っていると先生からの予想外な言葉に私はギョッとした。

「…タバコの、においがする」
先生は私の服を引っつかむとそのまま顔をうずめて動かなくなった。
何かを喋っているようだが声が篭っていて何を言っているのかはわからない。

『せ、先生?』

ぶつぶつ言う言葉は聞き取れないもののその前に呟いた言葉は私の耳にもタバコと聞こえた。
タバコのにおいがする、とはっきりそう言った。
冬子先生はもう知っているし浅原も知っている。この先生がタバコのことを知ってしまうのは時間の問題だ。
だけど今はどうしてだか知られるのがためらわれた。この人には知られたくない。


「タバコは…、だめ」

うにゃ、という奇声を残し先生は私の服を鷲掴みにしたまま再び眠りに落ちていった。
『…』

私は先生を起こさないようにとそっと掴まれている手を解こうとする。
しかし中々に固く握られていた。
ちょ、そんなに強く握らなくても…

先生が起きないように、起きないようにと先生の掴んだ手と格闘すること約1,2分。ようやく先生の手もほぐれてきて離すことに成功した。

私が離れようとすると先生は抱きしめるものを縋るように手を伸ばしてきた。
また掴まれたりでもしたら大変だ。
それだけは避けたい!

私はその辺にあった手ごろなクッションを掴んで先生に差し出した。
先生の手に触れるとそのクッションは私の手を離れ先生の懐へと入っていった。

「すー…すー…」

『はぁ…』

なんでこんなに大変な目にあうんだ。ていうか浅原帰ってこないのはどうしてだ?
私はそんなことを考えながらも寝室を探した。

こんな所に泊まるわけにはいかない。絶対にだ。
一晩中自分の身近に人の気配がするなんて耐えられないどころか鬱になりそうだ。

さっさと寝室を見つけて先生を運んで帰ろう。

1つ2つと部屋を見る。使っていない部屋が1つ、2つ目が寝室だった。
私はふらりと寝室に入った。
入った後に後悔。入るんじゃなかった。

部屋の中は先生のにおいであふれかえっていた。私の部屋と違いとても生活感のある、それでいて綺麗な女性っぽい寝室。
私は踵を返し早足で寝室を出て先生のもとへと向かった。

リビングに戻ると先生はクッションを抱きしめて寝ていた。
私がリビングを出る前と同じ光景に私は少し含み笑いをしてしまった。

『これ、本当に先生だよな…』

今更ながらにこれは先生じゃないとか言われてもまぁ困るけど。
私は先生の身体の下にそっと手を入れた。
一方はひざの下に。一方は背中に。
思い切り立ち上がろうとするもびくともしない。

先生が重いのではなく私が弱いのだ。筋力などないに等しい私が人様を持ち上げるなんて大それたことをしようとするからいけないのだ。
いやしかし今はそんなことを冷静に解説している場合ではない。

『仕方ない…先生、先生?』

私はゆさゆさと先生の肩を揺すった。

「ん…んぅ…?」

先生はもごもごと声にならない声で何か言っている。まぁ、寝ぼけているのだろう。

『先生、ほらおんぶ』
先生のほうに背中を向けてしゃがみこんだ。

「んー…」

『ほら?』

「んぅ…」

後ろが見えない。
『っ痛っ!?』

ゴツっと音がして、背中に衝撃が走る。
多分背中に頭突きを食らったのだと思う。地味に痛いんだが。
振り返ろうかと思ったその時、やわらかい重みが背中に乗ってきた。
ふんわりと暖かい、先生の重み。

一瞬呆気に取られたがハッと我に返った。何してるんだ、早く運んで帰るんだろ。
今なら先生をおぶって運べる。私は立ち上がろうと足に力を入れた。


越して背中に抱きついてもらえれば、おんぶくらいなら出来るだろう。
なんて考えた自分が馬鹿だった。

何が、運ぶどころか立ち上がることさえままならない。
しゃがんだままこのまま行くと前に頭をぶつけてしまいそうなくらいだ。

手を床について、踏ん張ってみるも立ち上がる気配はない。

『…筋肉がほしい…』

近代稀にみる切実な願いだった。





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