鏡ちゃんと先生
□鏡ちゃんと先生.1
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【鏡ちゃんと先生】
めんどくさい。学校なんて行ってられない。
私は高校に進学するだけ進学して真面目に学校にも通わないという不良ぶりを入学早々発揮していた。
同じクラスの女子たちは、と言っても女子しかいないこの女子高には私のような一匹狼且つ不良など初めて見たと言わんばかりに最初はじろじろと見られていたがそうそう面白いことなどない。
すぐに飽きて私を腫れ物のように扱うようになった。
仕方がないとは思っているし大して気にもしていない。
所詮高校でクラスが同じになったと言うだけの存在。
私はそう決め込んで会話すらまともに交わそうともしなかった。
「…藤咲さん、あの」
藤咲とは私の苗字だ。フルネームで藤咲鏡(とうさき きょう)。
そして呼んだのはいかにも気の弱そうな女の子。
ちなみにここは幼稚所から大学までの一貫校。そして付け加えてお嬢様学校だ。
お金も学力もそれなりに必要なそこそこの進学校。
そんなお嬢様学校なのでクラスメイトは目に見えて出のよさそうな上品な子が多い。大半はそんな感じだ。
『何』
私は興味もなさそうに一言返すと女子はプリントを机においてそそくさと去っていった。
もともとプリントを渡すだけならば話しかける必要もないと思うのだが、と心の中だけで女子を助ける行為を試みる。
しかし見た目が見た目だ。何を考えていても周りのみんなは私を不良と言うくくりでしか見ない。
別に、今更だ。とため息で誤魔化してみた。
「あの、」
今度は別の女子がおずおずと私に話しかけてくる。
今日は来客が多いことだ。
内心でそんなことを考えながら先ほどのように一言言葉を返した。
「えっと…森宮先生が、呼んでいるんだけど…」
『森宮…?』
森宮理沙子(もりみや りさこ)。
入学式から何かと構ってくるお節介新米教師。私の遅刻や校則違反などを目敏く見つけては注意してくる、面倒くさい女教師だ。
「そ、それじゃぁ…」
用件だけ話すと女子はまたそそくさと私の元を去った。
私は静かに席を立つと森宮先生が待つという教室のドアへ歩いていった。
ドアをくぐると先生は仁王立ちでこちらを見ていた。
背の高い先生は見た目も少しクールな顔立ちなので黙っていると威圧感がある。
ナチュラルな焦げ茶の髪。私のくせっ毛とは違いストレートで触らなくともさらさらだとわかるような髪を背中までたらし、飾り気のないYシャツにシンプルなスーツを見事に着こなしている。
『何か用ですか、森宮先生』
取ってつけたように呼んだ名前を聞いて先生は眉間にしわを寄せた。
「藤咲、今日も遅刻したでしょう。」
何で知ってるんだよ、とは口にしないがどうして先生が知っているのだろう。
確かに私は今日いつものように遅刻して入ってきた。
そのときは先生など教師は誰一人いなくてラッキーとか思っていたのに。
『…』
なんて、別にそんなことはどうでもいい。
担任でもない先生にはどうせ関係のないことなのだから。
私には学校と言う存在がどうでもいい。
無事大学まで進学、卒業ができればその他など興味もないのだ。
忌々しい親の敷いたレールを走らされる自分。
今となってはもう反抗することすらできなくなってしまったがこのレールを走り終わればやっと自分の世界が見えてくる。
それまでは自分が見えずとも走らなくてはいけない。
こんなところでくすぶっている場合ではないのだ。
先生はまだ私の目の前に立っていた。
私がもう言葉を返さないのだから職員室にでも帰ればいいのだ。
私にかまう暇があったら学校の実務でもすればいいのだ。
そっちのほうがいくらか有意義だ。
私にかまっても何もいいことなどないのだから。
「ちゃんと学校に来なさいって言ったでしょう?」
『ちゃんと来てるよ』
休んでいるわけではない。ただ、遅刻してくるだけだ。
理由は特にない。面倒くさいと思うだけ。
「遅刻してくるのはちゃんと来ているとはいえません」
先生は私を注意するなりマジックを取り出し私の手を取ると手の甲に横線を1本書いた。
ひとつ、まっすぐ引かれた横線は徐々に皮膚の繊維に沿って少し滲んでいった。
『何、これ』
「遅刻してきた回数よ。五回、つまり正の字が1つできたら準備室に来て英語の課題をしてもらうから」
この横線は正の字の一画目だったのか。
しかし手の甲にマジックで書いたところで風呂に入れば落ちてしまうし、どうして先生がこんなことまでするのかとかなんで英語科の課題なのかとか聞きたいことは山のようにあるが、今一番言いたいことと言えば。
『…子供かっての』
私はつい、笑ってしまっていたようだった。
先生は驚きの目で私を見ていた。
私だって笑うときは笑いもする。
笑い方なんて、もうあんまり思い出せないけれど。
今は不意に笑ってしまっただけだったので私の笑顔はすぐにいつもの可愛くない無表情に戻っていた。
「笑っていたほうが、子供らしくてかわいいわ」
先生はそれだけ言うと私の手を離して廊下を歩いていった。
それだけが用事だったのか。とため息が出る。
結局聞きたいことは何ひとつ聞けなかったわけだが、英語の課題があろうと毎日手の甲に正の字を1つずつ書かれようと私が遅刻してこないわけなどない。
気分でちゃんと来る日もあるだろうが大概の日は遅刻と早退を繰り返すのみだ。
私はもう一度ため息をついてから教室の自分の席へと戻るのだった。
私が通る際に女子が大きく避けるのなんて、もうここ何週間かで慣れてしまったな。
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