青学

□小さい秋みつけた
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「手塚。疲れてるね。」



部活の帰り道。

ため息も吐かないし、なにも言わないけれど、
彼の表情が若干険しくなっているので、それでわかった。

「まぁ、な。」

そっけない返事。

全部が全部君らしくて、ボクは凄く、全部嬉しい。


部活の帰りと言っても、全国大会が終わった今では
お遊び程度のテニスをしていて。

それでも部長の彼は次代にテニス部を継がせるために
いろいろな事を伝えている。

ボクが考えられないくらい、疲れてるはずだよね。


「いつもお疲れ様。」

そう言って、i podを取り出し、
イヤホンの片方を自分に、
もう片方を手塚にはめる。

「ジャズって結構気分転換になるよ。」

そう言って、お気に入りのナンバーをかける。

「どう?」
「ああ、こういうのも、悪くはない。」

それは、手塚にとって良いことの言い方。


ひとつのイヤホンを分け合う距離は、結構近い。


聞きながら歩くと桜の木の葉が結構散っていて、
残っている葉も黄色い葉がほとんどだった。

最近の台風で、無理矢理落とされたのかもしれないけど、
やっぱり季節が一番関係してるのだろう。


「手塚。」

「なんだ?」


「手塚は、季節が黙って去っていくのは、淋しくない?」

「黙って?」

「ボクは………淋しいな。」



季節の訪れに喜ぶのももちろんあるのだけど。

季節の訪れは、音を立ててやってくる。


でも、季節は黙って去ってしまう。


知らないうちに次の季節へと移っているのだ。



「ボクはね、夏が終わるのがすごく嫌なんだ。
でも、寒い季節への期待が、胸のどこかで踊ってるんだよ。
ボクは受験もないし。
例年通り、楽しくて、素敵な季節を迎えることができる喜びが
絶対心の中にあるのに。

それよりも今ボクは、夏が終わるのが嫌なんだ。

忘れていくように終わってしまう夏が嫌なんだ。」


ひまわりはいつの間にか散っていたよ。
周りの葉も紅葉してきている。

なによりも辛かったのは、
今日起きて、暑かったのに空が秋の空だったこと。


「もう夏はほとんど残っていなくて。
暑さくらいしか残してくれなくて。
ボクはなんだかすごくさみしいんだ。
君にはわかる?手塚。」

ボクを見ていた手塚と目があった。

「俺は、後から知るタイプだから、
不二のようにひとつひとつを惜しめない。」

「そっか。」


流れる旋律が素通りして、風に混ざって行く。


「ジャズもさ、秋にあうよね。」

「…そうだな。」

「君は、そのうちドイツに行くんでしょ?
全国大会も終わったし。」

「ああ。」

「君といた季節は、なんとか足音を立てて去ってくれそうだね。」

「……。」


「でもね、ボクわがままで、欲張りなんだ。

君といる季節が、過去になる方が一番嫌だ。

なら、全部忘れさせてほしい。」

「……。」

「どう?手塚。」

手塚の顔が一層険しくなる。

その険しい顔がすごく嬉しかった。
そんな顔になってしまうくらい、ボクのことを考えてくれているなんて。


「俺は…」

サックスの色気のある音色がいきなりボクの心を刺激する。
その心で彼を見ると一気に切なくなる。

「お前といた季節を過去にするつもりはない。」


切なくなるのは、秋の風のせい。

秋は不思議な季節で、
情緒は不安定。

いちいち、泣きそうになるんだ。



「だから、俺は……」



ボクの一生を決めるその日は、



小さな秋を見つけた帰り道のことだった。





fin



まあ、プロポーズですな。
秋は塚不二が良く似合う。

このなんだろ、淋しげな
切なく苦く、そして甘い。

塚不二はビターチョコレートのようなものだと信じています。

110915




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