ジャリジャリと、不快な音と舌触りを与えるそれを、けれども小生は残さず食べた。
後に腹痛が訪れはしたが、それでも不満に思うことはなかった。

それは、それを吉継が小生にくれたからだ。
小生はそれがたまらなく嬉しかった。
交際を初めてから日が浅いのもあるが、吉継はイベントと言う物に全く興味関心を示さない。
思えば長く幼馴染みを続けているが、何時も吉継をイベントに誘うのは自分で、吉継から何かを貰ったことはあまりなかった。

だからこそ、


「暗、もう…止めよ」


不味かろう…不快であろう?
声を上げずとも、眼で訴える吉継に、小生は違うと伝える為に咀嚼した。








「で、大谷は貴様に何か渡したのか?」


藪から棒にそう切り出した毛利は、貢ぎ物だと噂される学校に不似合い過ぎる豪勢な椅子に腰掛け、小生に訊ねた。
人の関係に興味を示すなんざ常日頃の毛利からすれば珍しいなと視界を上げるが、奴は手元のプリントを見たまま顔を上げない。
そのくせ、14日の事よ早く答えろと言う。


「ホワイトデーか…会えなかったな」
「は?」
「そもそも、当日に交換したのに、ホワイトデーとか意味あるのか?」


小生は返しは要らないと思っていたんだが、違うのか?と聞き返す。すると毛利は有り得ないと言いたげな顔で面を上げ、貴様から渡すこともなかったのかと小生を責める。
小生は悪くないと思うんだが、お綺麗な顔で怒られるとそれなりに怖い。
後退りをしたが、毛利はそれよりも早くに立ち上がり距離を詰め、何処から取り出したのか解らないフラフープを喉に当ててくる。
ぐぇっ、気持ち悪い。


「だから貴様は暗なのだ黒田!」
「な、なぜじゃっ!」


当人が納得してるのに何故お前さんに叱られなきゃならないんだ。
とは言ったが、口答えをすると毛利がフラフープを押し付ける力が強くなるばかりである。
このままじゃ殺されるかもと酸欠になりながら、何処か冷静に自己分析していると、不意にフラフープが離れていった。


「やれ、何をしている毛利」
「…大谷」
「ぎょ、刑部か!助かった」


噎せながら扉に目を向ければ、ムッとした顔で刑部が此方を見ていた…いや、小生ではなく毛利をだ。
そう言えばここ最近顔を会わすことがなかったなと思いながら立ち上がると、大谷は毛利を呼びつけそのまま去っていった。


「一応…助かったんだよな?」


何か腑に落ちないが、多分そうなのだろう。













「大谷…どう言うことか説明せよ」


黒田の居る生徒会室から階段一つ離れた頃、毛利が口を開いた。
やれ、面倒…このまま口を閉ざしてくれれば良いのに。


「やれ、何の事か…我にはさっぱり」
「はぐらかすでない。黒田から聞いた…貴様、渡さなかったそうではないか」


肩を捕まれ、その細腕に似つかわしくない力に従い振り向けば、毛利の冷ややかな瞳が我を見据えて居た。賢き者の眼と言うのは、どうしてだか相手の動きを止める力を持つ。
毛利の樫色の眼も、我の動きを封じ…そして気まずさを募らせる。


「して主は聞いたと申すが…黒田に、何を聞いた」
「貴様が怖じ気づき、黒田に何もしなかった事よ」


何故だ大谷、我の休日を返せと詰め寄られ、どうしたものかと視線を逸らすが敵わない。
再び力を込められる。


「………主は、黒田の言うた言葉を聞かなかったのか?」
「は?」
「黒田が言うていたであろ…意味があるのかと」


我等はバレンタインに両者互いに物を交わした。
ならば、また新たに交換をする必要等無いではないか。
だいたい、我の趣味と奴の趣味とが一致する気も無い…とまで言うと、毛利が間抜けな顔で我を見詰めていた。


「貴様は、阿呆か」
「なっ…毛利!」
「ふんっ、最もらしい理由を並べるが、怖じ気づいただけであろ」


貴様に自信がないだけであろう?
違うのか?


ニヤニヤと、先程までは無表情であったり間抜け面だったりしたのが、面白いものを見るような表情に変わって、先程とはまた違った居心地の悪さを感じる。


「…今更よ」
「しかし、持っているのだろ」
「………」
「行ってこい。石田の相手は我がしよう」
「ヒヒッ…すまぬ」


後で餅を奢らせよと言うと、三つ以上を要求されるが…まぁよかろう。

毛利を残し…階段を昇り、廊下を抜けて…突き当たりから三つ目の教室に辿り着く。
生徒会の看板がある以外は全く普通のその扉の向こうには、きっと…まだあの男が居る。


「っ…黒田!」
「え、ぇえっ?!」


なんじゃなんじゃとあわてふためく黒田は予想通り…我と毛利が出ていった時のまま、同じ体勢で出迎えた。
それに、我は臆せずに距離を縮め…黒田の長い前髪を鷲掴みにした
痛がるだろう、最悪は殴られるのだろうと身構えながらだが、黒田は大人しく…眉間だけは不満げに寄せては居たが、背中を曲げ立っていた。


「やれ、騒がぬか」
「…なぜじゃ」
「調子が入らぬ」
「おぃおぃ勝手だな…」


何のようだと、前髪を掴む手を退け黒田が呟く。


「心当たりはないか」
「無いな…何せ、お前さんとまともに話すのは久しぶりだ」


別に、小生と話さないのはお前さんの勝手だがねと付け加えながら、しかし面白くなさそうな顔をする。
ここ一週間近く、黒田を避け…三成や毛利とばかり戯れて、


「…で、何の用だ?」


首を傾いだ黒田の前髪が脇に逸れ、ちらりと一瞬…目が露になる。
時たまそうしてドキリとする様な真似をする相手を憎いと思う。
卑怯だとも、

だから、手っ取り早く済ませようと…我は鞄の底から箱を引き出し投げ付けた。いや、すっぽぬけただけよ。


「痛っ」
「…手が滑った」
「信じると思うか?!くそっ、何だこれ…」


ぶつかったせいで形が歪になった箱を手に、黒田がこちらを見る。
もう後に引けず、ホワイトデーの事を口にすれば、黒田はあぁ成る程なと言って、我の手にポンと何かを手渡した。


「これは…」
「ん、あぁ…小生からお前さんにだ」
「さっ、さっきは毛利に要らぬと」
「用意してないなんて小生は言ってないぞ。ほら、開けろよ」


促されるままに店で包んで貰ったのだろう包装紙を広げれば、がま口の財布が出てきた。
手触りがよく、収まりも良い。また布地には蝶が刺繍されており、黒田にしては趣味が良いなとしか言えなかったが、嬉しかった。


「ったく…素直にありがとうくらい言えよな。で、お前さんは何を」
「うむ、主に似合うと思うてな…毛利と買いに行ったのよ」





首輪を、




その後、なぜじゃと校舎に響き渡る咆哮を、しかし何時もの事だと誰も気には止めなかった。
一人、毛利だけはやっとかと呆れた風に笑っていたが、それもまた直ぐに何時もの無表情に変わる。


「ヒヒッ…似合っておるぞ」
「うぅ…なぜじゃぁああ!!」


*****
あとがき

こんな時にイベント出せないぜと尻込みして、本来のホワイトデーからは過ぎましたが、とりあえず遅れながらも出してみました。
黒田と言えば、拘束具だよね。
ちなみに、ちゃんと刑部は人用の首輪を買っていますよ。
二人で居るときはつけてくれると思います。




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