10/11の日記
10:17
彼の左(SSSクン美奈)
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「ねえ、あんたって前世では左利きじゃなかった?」
手を繋いで歩いていると、美奈子は顔を上げて右にいる賢人に尋ねた。
「確かに、そうだったが。よく覚えていたな。」
「まあね。あの頃剣の手合わせをよくしたけど、月には左利きの人間はいなかったから…珍しくて覚えてた。」
「そうだったのか。」
賢人は前世の彼女の事はかなり細部まで思い出せることができるが、かつてのことは互いにあまり話題にしてこなかった為その事については明かしたことがない。なので逆に美奈子からあの頃の自分について聞かれて少し驚いていた。
「あの頃のあんたはその左手に大事なものを全部掴んでるように感じた。王子を守る剣を持つ時、馬から降りる王子に差し出す時や本を読む時。いろいろとね。」
その左手にヴィーナスは恋していた。その手が絶対に自分に向けられる事はないと知りながら。
「美奈子…」
「でも今は右利きじゃない?だからあんたはクンツァイトと同じように見えるけど、今ここにいるのは、北崎賢人っていう全く別の人間なんだって…実感できるのよね。」
「……クンツァイトの方が良かったか?」
「え?」
一段と低い声。美奈子は賢人の瞳に僅かな嫉妬の色を感じて胸がざわりと波立つ。そしてきゅっと締め付けられた。
「ば、ばかじゃない?!あんた私の話聞いてた?今の私が好きなのはあんたで、隣にいるのは恋人として一緒に歩けるあんただから嬉しいって言ってるんでしょーがっ!!」
「…お前の行間の分かりづらさは天下一品だな。」
ふっと笑いながらの賢人の言葉に噛み付くが、ん?確かにそこまでは言ってなかったか…と、自分の言葉に顔を赤くしてそっぽを向いてしまう美奈子はどうしようもなく可愛くて、隠し切れない笑みが込み上げてきてしまう。
「もう!何笑ってるのよ!」
「美奈子。今の俺の左手も、大事なものしか掴みたくない。」
「え?」
「俺の左手は美奈子のものだ。」
「な、なっ…!」
微笑んで美奈子を見つめる賢人の表情は、前世では決して見ることのできなかった自分だけを甘やかすどこまでも優しいもので。
彼女もこれ以上ないくらい真っ赤になって心臓は早鐘のように鳴っている。
最早うまく言葉を返せない彼女は大好きな左手を気持ちに蓋をすることもなく目一杯握った。
その手をさらに力強く握られて、美奈子はあの頃の自分まで包まれたような心地に鼻の奥がツンと熱くなった。
おわり
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