短編D
□HAPPY BOY(まもうさ、陽平視点)
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図書館を出ると絶賛猛暑中で、冷んやりとしていた空間との温度差に汗が何もしなくても噴き出してくる。
入り口近くの自動販売機で俺たちは迷わずスポーツドリンクを買うとすぐに蓋を開け一息付いた。
夏休みは何をしてたか、模試は受けたかなど他愛ないことをぽつぽつ話したあと、衛は腕時計を見てそわそわし始めた。側から見ればあまり気づかない変化だが、文字盤を見る目が周りの気温を僅かに上げるくらいには熱く、誰かを探す様子は300メートル先まで見渡せるのではというオーラを感じさせるもので。
もうこの時点で誰が来るのか分かってしまった俺は自然と笑みが浮かぶ。心に余裕が生まれてきて今日が何の日だったのかを思い出した。
「そういえば衛、今日お前の誕生日だったよな。」
「ああ、覚えてたのか。」
「付き合い長いからな。衛だって俺の誕生日覚えてるだろ?」
「12月31日。」
「正解!哀しき学校が休みの期間同士!」
「だから当日は顔合わせたことあんまりなかったな。」
俺の言葉に屈託無く笑った衛はしみじみ言う。俺たちは来年からはもう進路は別々で、こういう機会はこの先なかなか訪れないだろう。
「そうなんだよなー!かなり貴重だから言っとく。衛!誕生日おめでとう!」
「ああ。陽平、ありがとう。」
「どーいたしまして。で?今からうさぎちゃんとデート?」
スポーツドリンクを吹いて噎せる衛。
「ま、まあな。お互い色々立て込んでるからそんなに長くはいられないけど…。」
慌てぶりを笑う俺にじとっと睨みながらも楽しみにしている様子が滲んで伝わってきて苦笑する。
「いーねー衛。俺も彼女ほしーわ。」
「…うさこはだめだぞ。」
おいおい衛!真顔で言うなよ。そりゃさ、俺はうさぎちゃんの事ちょっといいなーなんて思ってるけどお前から奪ってまで彼女にしたい!なんて考えた事もねえっつの。
「このケチケチボーイ!分かってるよ!俺だって大学入ったら脱男子校生活してムチムチボインちゃんの彼女作ってエンジョイするから!!」
ザ☆クール&エリートな親友も恋人の事になると凄く素直な表情がたくさん現れるから、中一の孤高の王子だった頃から知っている俺としては感慨深いものがあるんだ。
ま、けど分かるよ。うさぎちゃんって本当にいい子だもんな……めちゃくちゃ可愛いし。衛に一直線に駆けてくる時なんてもうほんと、衛だいすきが溢れててキラキラしてるし……
「まーもちゃーん!!」
そう。声もこんな風に可愛くて…
「うさこ!」
衛の嬉しさ100パーセントの声も引き出せて…
「陽平さんも!こんにちは!」
そう。俺にもこんな風にふわふわな笑顔をくれて…あれ?
「う、うさぎちゃん?!」
気付けば本物が衛の隣で微笑んでいて思わず大きな声が出てしまった。
トレードマークの2つのシニヨンは今日はおろされていて、黒のリボンの付いた麦わら帽子を被り髪の毛はなんだか複雑そうに編まれている。三つ編み?よく分からん。けどいつもと雰囲気が違ってこれはこれで非常に可愛かった。服装も襟や胸元、袖に控えめなレースのついてる真っ白なワンピースで腰にも帽子と揃えたように黒のリボンが付いている。そういえば衛の好きな色は……?いや、知らねーけど。
そんな衛はと言えば、『可愛い!うさこ!!やばい!抱きしめたい!!!』という思考がダダ漏れな男子高校生な顔をしている。無理もないよな。だってうさぎちゃん、周りの男達からもすげえ見られてるし。半端ない可愛さなんだから。
そしてその男達はそんな衛に殺傷レベルの視線を飛ばされて蜘蛛の子散らすように逃げていく。
「陽平さんもお勉強ですか?偉いですねー!」
「こんにちはうさぎちゃん!そうなんだ。でも、君も一応受験生……」
「うぅー、そうなんですけど……今日は、ね!トクベツなんです。その分明日頑張るって皆にも約束してきました!!」
へにょっとした顔から一変。衛に甘く微笑んで腕にきゅっと手を添えてから空いてる手で敬礼のポーズして宣言するうさぎちゃんは、可愛さの極みだった。
衛も最早隠す様子もなく嬉しそーに彼女を見つめて頭を優ーしく撫でている。
もーやだーリア充怖いー
水分足りない上に酸素まで足りねぇっつの!よし!こうなったら俺も爆弾投下させてもらう!!
「衛の誕生日だもんな。うさぎちゃん、衛さぁ、うさぎちゃんがここに来るのめっっちゃ楽しみに待ってたからうさぎちゃんの体と心でいっぱい祝ってやって?」
「おい陽平!」
「ほんとに…??」
真っ赤な顔をして怒鳴る衛とぽぽぽと頬を染めて上目でそんな衛を嬉しそうに見つめるうさぎちゃん。
「え、いや……行くぞうさこ!」
否定も肯定もせずその場から連れ去ろとする衛はきっと色々限界だ。
「うん!陽平さんありがとうございます!私、まもちゃんのこといっっぱいお祝いしますから!」
「おう!任せた!」
「はい!」
「…じゃあまたな、陽平。」
今度会ったら覚えてろよ!という心の声が聞こえてくるような子供っぽい表情に手をブンブン振って笑って返す。
「またなー!ハッピーボーイ!」
2人は手を繋いで夏の日差しももろともせずに、軽やかな足取りで去っていった。
おわり
2018.8.5