短編D
□HAPPY BOY(まもうさ、陽平視点)
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※本編ではブラックムーンとの戦いでそれどころでは無かったと思うのですが、今年はこんなお話を考えてみました。
朝から図書館の学習スペースで受験勉強をしていたら、隣の空席に人が座る気配がして不意に目線を上げる。するとそこには親友の顔があった。
「よお衛!」
「おう久しぶり。来たら陽平が見えたからさ。隣いいか?」
そう言って男もうっかりときめくレベルの笑みを向けてくる。付き合いが長い俺でも、ちょい心臓に悪い。けど、彼女に向けられる最上級の笑顔はこんなものではないことも知っている俺としては慣れたものだ。
「もちろん。俺も分からないところ聞けるしラッキー!」
「何言ってんだよ、解けてるじゃないか。」
「そりゃそうだ。解けるところからやってるからな!」
「ばーか。」
図書館で許される声量で笑い合えば、あとは各々の勉強に没頭していった。
衛は医学部志望で俺は教育学部志望。学校一の秀才と言われる衛もこうして日頃から努力しているからこそだと知っているし、こんな優秀な奴が受からなきゃ嘘だ。
そして俺はと言えば少しやばい。全教科満遍なく点が取れないと目指している大学は厳しいため、夏休みに入ってからは塾と家と図書館の往復の日々だった。
だから正直な話、衛の登場は本当にありがたかった。終業式以来の親友との再会は緊張感が良い意味でほぐれていくのを感じるし、刺激ももらえる。
その証拠に切れかけていた集中力があっという間に回復したのだから。
一時間は経った頃だろうか。シャープペンを置いて伸びをした俺は、衛の黒のペンケースから覗く彼らしからぬカラフルなうさぎのペンが見えて勢いよくそっちに身を乗り出した。
「どーした?」
小声で驚いた様子で聞いてくる衛にニヤニヤしながらそれを指差す。
「うさぎちゃんの?」
「……ああ、これか。いつの間にか入ってたんだよ。」
うーわ衛っ顔赤いぞお前!
「へーえ、一緒に勉強した時にでも入れたのかな。カワイイことするなぁ。」
あからさまに照れる衛が面白くてちょっとからかいモードで小突くと、何かを思い出したのか口元に手をあてて黙ってしまった。しばし沈黙ののち。俺の期待に満ちた無言の問い掛けに観念したのか、目線をずらしたまま口を開いた。
「……うさこだけじゃないから。」
「ん?」
「ほんとはさ、トレードしたんだ。俺の気に入ってるペンと。」
「へ?」
「うさこが、お守りにしたいんだって言うから、な。」
衛はうさぎのペンを取り出すとまるで彼女を見つめる時と同じ様に極上の表情でそう言ってのけた。
ちょ、ちょちょちょ待って衛。だめ。お前!単品でも甘過ぎるぞ!!
「……衛」
「何?」
「ちょっと俺外出て気分転換してくるわ。」
「あ、俺もそろそろ出るから付き合う。」
「お、おう!そうか。じゃ、行こうぜ。」
予期しなかった展開にしどろもどろに答えた俺だったが、衛はもういつもの顔に戻っている。
これなら大丈夫かな。うさぎちゃん関連で揶揄うと自爆するから気をつけよう。
肝に銘じながら身支度を済ませ、外へと向かった。