短編D

□バレンタイン大作戦
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2月14日。この日は十番中学は午後から来年度の新入生の説明会があり在学生は午前の授業だけで下校だった。

場所は変わって元麻布高校の裏門前。ここに変装ペン片手にわくわくした表情で校舎を見上げる少女がいる。

彼女、月野うさぎはこの日(>_<)わを指折り数えて待っていた。初めてできた大好きな大好きな彼氏にチョコを渡す。これ程のイベントがあろうか。しかも恋人の衛はチョコレートが好物と言うのだから俄然うさぎは張り切った。しかし。中学二年生のうさぎは家庭科以外では料理をした事がなく、ましてやお菓子作りは初心者中の初心者。彼への想いがやればやるほど空回りし、この日の為にキッチンを何度ビッグバンさせたことか。弟には本気で危険人物扱いされ、父親にはそんな事で命を削らないでくれと泣きつかれ、(本音としては娘のチョコなぞ渡すまじ!)母親には買ってきたものでもうさぎの気持ちが本物ならいいじゃないのと諭されたが彼女はめげなかった。

だって衛のことが本当に好きだから。自分の想いを込めて、自分でちゃんと作って、ラッピングも可愛くして、彼の喜んだ顔が見たかったから。

そんな娘のチョコまみれの真剣な告白にとうとう母親は折れた。一からお菓子作りのイロハを叩き込み、なんとか形になる様に指導したのである。

これ以上キッチンを破壊されちゃたまらないわ!!

もちろんこれは母育子の心の叫びだ。


かくして苦労の結晶が入った袋を大事に抱えたうさぎは、周囲に人がいないことを確認するともう片方の手を高くかざして力を使う。
「ムーンパワー!元麻布高校の男の子に変身!」
まばゆい光の中、元麻布高校の美少年に変身したうさぎが誰にするでもなく決めポーズをして立っていた。

以前花嫁の亡霊が出るという騒動の際に花婿の衣装に変身した時の様な仕上がりに満足して、敷地内へと入って行く。
「まもちゃん!待っててね♡すぐ行くから!」
ハスキーボイスのどこかいけない色気を感じる男子高生うさぎ。
夢にまで見た、愛しい恋人の学校生活にラブパワー全開の見た目美少年はスキップするように走り出した。

違う学校、しかも中学生と高校生。どんなに願ってもできないと思っていた校舎の中でチョコを渡す事ができる。午前で終わらせてくれた学校と、変装ペンをくれたルナに感謝だ。今ならただの昼休みを告げるチャイムも、祝福の鐘の様に感じるのだった。

「まもちゃんは確か2年A組だよね。へへ、私とおんなじだから知った時はちょっと嬉しかったなぁ。」
潜入を開始したうさぎは、少ない情報を頼りに校舎内に入ろうと物陰に身を潜めてきょろきょろしながら言う。

しかし校舎の中にまで入る必要はなくなった。なぜなら−−−
(まもちゃん!!)
渡り廊下を歩く愛しい恋人の姿を発見したからである。
しかし飛び出そうとした彼女の動きが止まる。
(まもちゃんが友達とお喋りしてる!あ!笑ってる!同級生かな。友達と楽しそうに喋るまもちゃん初めて見るよー!あんな風に笑うんだなぁ…私といる時とはちょっと違うよね。まもちゃんの初めてがまた一つ増えた!嬉しいなぁ…)
うふふふと笑いながらそんな事を思っていたうさぎをぎょっとした目で見て行く数人の生徒たちにも気付かずに彼女は恋人の様子を見つめていた。
しかし事態は思わぬ方向へと転がっていく。
「じゃあ俺野沢に呼ばれてるから行くな。」
「モテモテだなー地場は!」
その言葉によせよと言いながらも楽しそうに笑う衛は中庭の方へと向かって行った。
若干フリーズしているうさぎは情報を整理する。
(ん…?えっと…野沢?モテモテ?…呼び出し??……いやいや!ここ男子高だし、まもちゃんに限ってそんな!でも…もしかして…そーゆーの、あるかもしれないよね…?!)
「……た、大変だあぁー!!」
百面相をした後、青ざめて叫びながら禁断の妄想を繰り広げ、衛の消えた先へと勢いよく駆けて行った。
なんだあれ?あんな台風みたいな奴いたか?などという生徒たちの声はもちろん聞こえる事もなく。

着いた先は中庭だった。衛は1人の生徒と向き合って話し込んでいた。
(どどどどうしよう!!あれが野沢って人?明らかにさっきのお友達より距離近い!!しかもまもちゃんもなんか真剣な顔してる!!え?!まさかそれは…!!)
うさぎの視線がそこに集中する。
その男子生徒が差し出した紙袋。明らかに何かが入っているそれ。
今日は何の日だ?バレンタインだ。
バレンタインとはなんだ?好きな人に想いを伝える日だ。

なんてことだ!!

衛が袋を受け取ると、野沢は笑顔で何かを話し始めようと口を開く。
(だめ!!それ以上は!!!)
考えるより先に体が動いた。
「まもち…地場センパイ!!」
切羽詰まったハスキーボイス。金髪碧眼の美少年の登場に衛も野沢も驚き固まる。
「な…っうさこ…?!」
真っ赤な顔、潤んだ空色の瞳、見覚えのあるピアス。衛は見慣れないはずの少年のそこかしこから恋人のカタチを感じ取り、一瞬にして正体を見抜いてしまった。
「地場センパイ!せ、先生が呼んでたから早く行こう!」
腕をぐいぐい引いてその場からダッシュするうさぎに珍しくも思考停止状態の衛は引かれるままについて行く。その姿はまるで散歩で暴走する犬に引っ張られていく飼い主のようだったという。

所変わって人気の全くない校舎裏。
ぜーはーと乱れた呼吸を整える2人。しかしすぐさま衛はうさぎの肩を掴んで詰め寄った。
「うさこ!なんでここにいる?そんな格好で…吃驚するだろ?!」
「だ、だって!早くチョコ渡したかったんだもん!!」
うるうるの上目遣いで美少年うさぎは言い返す。
(その姿でやめてくれ、胸がもぞもぞする!)
衛はうさぎの言葉は嬉しくても目の前の変身姿の恋人にどう反応したらいいのか分からず顔を背けて頭を掻いた。
「今日はね、授業が早く終わったの。この日のために頑張って作ったチョコ、どうしてもすぐに渡したくて。それに、まもちゃんに学校の中でチョコを渡すのなんてこうでもしなかったらできないし!ビックリさせて、喜んだ顔…見たかったんだも…っ」
だーっと涙を流すうさぎに衛は慌てる。謝り頭を撫でようと手を伸ばした時。
「なのに…!私よりもあの男の子から先にチョコもらっちゃうなんてぇーーっ!」
「ええっ?!」
「それ、チョコでしょ?」
袋を指差して言ううさぎに、今までの彼女の行動に納得した。
「落ち着けよ、うさこ。ほら見てみろ。」
「え…?」
衛の少し呆れてはいるものの優しい瞳に促され、中身を見てみると、とても難解そうな分厚い本が入っていた。
「ええ?!うそっ?!ご、ごめ…」
己の早とちりに恥ずかしくなって口籠るうさぎに衛はふうっと息を吐いた。
「全くうさこは。野沢、男だぞ?」
「で、でもでも!男子高だし、そーゆー人もいたりするのかなって!前に亜美ちゃんも衛さんって男の人にも人気ありそうよねって言ってたから…!」
「ないから。男からチョコとかないから!」
(頼む寒いこと言わないでくれ!)
衛は僅かによろめき手で顔を覆った。
「ごめんねまもちゃん。」
うさぎはそう言ってチョコの包みを出す。
「待て!そのまま渡す気か?」
「え?私からチョコ、嫌だった?」
「嫌なわけないだろ!俺はうさこのチョコだけ欲しいんだ!」
「…!」
間髪入れずに返す彼氏からの壮大な宣言に首まで赤くするうさぎ。その様子に堪らなくなる衛はあーもう!と心で白旗を上げた。
うさぎの両頬に手を置き、囁くように声を落とす。
「変身、解いてくれないか?俺は…うさこから貰いたい。」
ピクッと肩を震わせたうさぎはかろうじて返事をすると再びまばゆい光をペンから発して元の姿に戻り、紅色の頬で衛のことを見詰めていた。十番中学の制服にピンクのマフラー。大好きな少女の見慣れた姿。
愛おしさが込み上げて、衛は言葉も忘れ力強く彼女を包み込んだ。
「ま、まもちゃ…っ」
「うさこ…」
顎をすくい取って触れるだけの優しいキスを送る。
きゅっとブレザーにしがみつく彼女がかわいくて、腰に回した腕の力を強めると少しだけ食むようなキスを繰り返し、音を立てて離れる。
案の定うさぎは全身真っ赤になる勢いだった。
漸くできた恋人同士の触れ合いに満たされた衛はうさぎからのチョコを彼女にだけに見せる笑顔で受け取り、もう一度キスをする。
(あのままじゃ、こういうことできないもんな。だけどうさこの奴、男になっても可愛いとか。俺はどれだけこいつのことが好きなんだ。勘弁してくれ。胸がもぞもぞする。)
うさぎには聞かせられない本心。

2人は昼休み終了のベルまで、チョコを食べてはキスをして、キスをしてはチョコを食べ、初めて迎えたバレンタインを文字どおり蕩けるほどに過ごしたのだった。


fin.



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