お題

□17・あなたの隣が特等席(ゾイ亜美)
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多分あの音色を聞いたときからもう好きだった―――――







未だに信じられない。私が男の人と付き合っているなんて。

だけど、分かりづらい彼の意思表示の中に私に対する特別な感情が時折見えたりするから…やっぱり私は西園寺さんとお付き合いしているんだなと改めて思う。

それを感じるときはとてもとても恥ずかしいのだけれど。




「ねえ亜美。新曲できたんだけど家に聴きに来ない?まだ誰にも披露してないの。」

もう通例化している図書館デート中、西園寺さんがさりげなく小声で聞いてくる。

色々な場所にデートを誘ってくれるのだけれど、私は今まで塾や図書館と家の往復しかほとんどしたことが無かったからどうしても恥ずかしくて断ってしまっていた。

だから彼は渋々ながらも私が自分らしく楽にできる場所に変更してくれる。

彼も芸術家肌ではあるけれど教養も豊かだからなんだかんだ言っても読書は好きだ。

だけど彼に無理をさせているんじゃないかという思いがいつもあって…いろんな場所に出掛けるという冒険ができない自分の不器用さを恨めしく感じていた。


「えっと…あの、誰にも披露してないのに私なんかに聴かせてしまっていいんですか?」

「馬鹿ね。だから聴いて欲しいんじゃない。」

呆れた調子で言ってくるけれど、その真っ直ぐな瞳とストレートな言葉に、赤くなってしまった顔を問題集を持ち上げて隠す。

だけどクイっと早くもそれは取られてしまって視線を上げれば何となく勝ち誇ったような彼の顔。

「で…?来るの?来ないの?」

ずるいわ西園寺さん。

その顔で聞かれたら断れないのを知っているくせに。

「…………行きます。」

私がそう答えるや否やにっこりと彼は微笑んで立ち上がる。

「はいじゃあ勉強終わりね。早速行くわよ。」

そしてあっという間に私のノートや問題集を勝手にかばんにしまってしまった。



「今日は寝かさないよ。」



不意に耳元でいたずらっぽく囁かれた言葉に私の体温は急上昇して、派手に椅子の音を立ててよろけてしまった。


かつて誰かからラブレターをもらっただけでじんましんが出ていた私。

こんな風に免疫のないことを普通に言われたらどうにかなってしまいそうだ。


いいえ。きっともう、どうにかなってしまっているのだろう。


この前演奏中に、あまりにも心地好くて眠ってしまった。
そのことを言っているのは分かっているけれど、彼の何かを含んだ言い方に知恵だけはあるよこしまな想像を膨らませてしまう私。



ああ…やっぱりどうかしてるわ…。




颯爽と図書館を後にする彼に続いていたたまれない気分で歩いていった。





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